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単線的な職業キャリアからの脱出、カギとなるのは「リカレント教育」の拡充

思い返せば10年前、筆者がまだ新聞社に勤務していた頃、いまの仕事である社会保険労務士の資格を取得しました。当時は、仕事を続けながらの受験勉強のため、空いている時間すべてを予備校の授業に充てました。独立するにはこの資格が必要なので、「ほぼプレッシャー」という要素でできた高いモチベーションに支えられながら、睡眠時間を削って仕事と勉強に励みました。数か月という短い期間だったので、仕事も勉強もなんとか両立することができたのです。

もし本格的に「学び直し」に挑戦しようとするには、いまの日本の労働環境や雇用制度下ではかなりの勇気と周囲の協力が必要になるでしょう。
そして今、学び直しの重要性を国が後押しし、さまざまな施策が進められているのです。

年齢にかかわらず学び直しを行い、能力を高めることには「2つの大きな意義」があるとされます。
一つは、入社から定年まで同じ企業で働く「単線的な職業キャリア」から抜け出すことです。学び直しにより能力を高めることで、転職や起業など「多様なキャリア形成」や「人生の再設計」が可能となります。
もう一つは、学び直しにより新たな技術に対応するスキルを身につけることです。第4次産業革命の技術革新が進むなかで、AI等の機械に代替されにくい能力を身につけることが可能になるのです[1]。

そして、これら「多様なキャリア形成」や「人生の再設計」を実現するための教育が、「リカレント教育」です。リカレント教育は、スウェーデンの経済学者ゴスタ・レーンが提唱した概念で、「義務教育(基礎教育)を終えて社会人になってからも、時期や年齢に関係なく、キャリアに活かすための教育を受けることができ、生涯にわたって、ある程度長期間のスパンで教育と就労のサイクルを繰り返す教育制度」を指します。

 

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世界からみた日本の「学び直し」のレベル

 

図1は、25歳から64歳のうち、大学等の機関で教育を受けている人の割合を、OECD諸国と比較したグラフです。日本の割合は2.4%で、イギリス(16%)、アメリカ(14%)、そしてOECD平均(11%)と比較しても大幅に下回っており、データ利用が可能な28か国中で最も低い水準でした。他国と比較して「大学等に戻って学び直す」という習慣が、現状では定着していないことが示唆されます[1]。


図1:内閣府/平成30年度年次経済財政報告(第2章 人生100年時代の人材と働き方/白書の注意点2:人生100年時代には学び直しが大切-人生100年時代を見据えた人づくり)
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je18/h02-02.html

次に、ビジネススクールの質についてWorld Economic Forumによる経営者の評価をみると、日本の評価はOECD平均を下回っています(図2左)。諸外国と比較して、質の良いリカレント教育を提供している教育機関が少ないことも、リカレント教育が進まない背景の一つと考えられます[1]。

図2:内閣府/平成30年度年次経済財政報告(第2章 人生100年時代の人材と働き方/白書の注意点2:人生100年時代には学び直しが大切-人生100年時代を見据えた人づくり)
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je18/h02-02.html

そうは言っても、この先、日本経済のグローバル化は必要不可欠です。その競争力を維持・向上させるためには、企業の生産性や人的資本の質を高め、人々が「生涯にわたって質の高い教育訓練」を受けられる環境整備や意識改革が重要課題となります。

 

学び直しを実践した「2人」の変化

 

筆者の資格取得が学び直しに当たるかどうかはさておき、身近に2人の学び直しを実践した人物がいるので、彼らの実践前後での変化や現状を紹介しましょう。

一人目は、顧問先のS社長(当時32歳)です。小学校のころから野球に明け暮れ、甲子園の決勝では、”怪物”相手に歴史に残る「引き立て役」を演じました。大学を経て社会人野球で活躍をしたのち、スポーツマネジメント会社へ就職しました。S社長はもとから「スポーツと人材(選手)の育成」に興味があり、「いつかしっかり学び直す機会を作りたい」と考えていました。マネジメント会社での業務にも慣れてきたある年、ついに、社会人向け修士課程の研究科(大学院)へ入学します。

当初は順風満帆な学生とサラリーマンの二重生活を送っていましたが、入学からわずか2か月、勤務先から突然の解雇を言い渡されました。新婚かつ貯金も底をついており、後期の学費の支払いのめどが立たない悪夢のような毎日―――
悩んだ末、受給していた失業給付を、そのまま全て後期の学費に回し、学ぶことを優先しました。

週4回大学で講義を受け、週1回ゼミに参加するというハードな学生生活を通じ、学ぶことと同時に、メンバーたちのこれまでのキャリアや意識の高さに刺激を受けました。年齢層もさまざまで、上は60歳を超える経営者も在籍しています。
また、研究を進めていく過程では、「先行論文を読むと自分の仮説が崩れ、研究の方向性が変わることも多々あり、知れば知るほどゴールは遠のくばかり。」という葛藤もあったようです。
しかし、日々広がる知識の世界に面白さを感じ、学ぶことに没頭していったS社長は気づいたそうです。
「この毎日が未来の自分を形成すると思うと、これ以上のモチベーションはない。」
そう、まぶしい笑顔で語ってくれました。

怒涛の学生生活を送ったS社長は、卒業の際、「知識は、大量につめこむと知恵になる。そうならないと、発想力は生まれない。」と教えてくれました。その後、自身の研究成果を活かしスポーツマネジメント会社を設立。現在では、日米を股に掛けて選手のサポート活動を行っています。

二人目は、筆者の友人で異色なキャリアの持ち主、N氏(当時32歳)です。N氏は、アテネ五輪銀メダリストで元競輪選手という、スポーツ界では有名な選手です。高校から自転車競技を始め、卒業後に競輪学校へ入学、そのまま競輪選手として社会人になりました。

自転車競技と競輪のレース。似て非なる二足のわらじで、銀メダルを獲得する偉業を達成しましたが、学びに最適な期間をスポーツに捧げてきたため、「いつか大学で勉強をしてみたい」と、学びへの思いをずっと温めていました。
それを知っていた筆者はN氏に社会人修士課程に進むことを提案したのですが、彼は話を聞き終わると直ちに入学手続きを進め、晴れて大学院生となってしまいます。
なお余談ですが、自転車競技におけるN氏の代名詞は「スタートダッシュ」。
世界屈指の瞬発力、すなわち強い決断力で銀メダルを取ったタフなマインドのままに、決断即実行の行動力で動き出しました。

苦労すると予想していたN氏の学生生活は意外なものでした。競輪(仕事)と勉強との両立、しかもほぼ毎日課題に追われる日々でしたが、なんと、競輪の成績は過去最高で、ちょうどこの時期にG1初優勝を飾ります。
N氏は「毎日頭をつかうことが、スポーツにも生きるってことは新しい発見だった。」と、まさに身をもって示してくれました。
授業のほうでは、論文作成のためのデータ収集やそのためのネットワーク構築について、「世の中で生きていくにあたり必要な要素が学べた」と感じたそうです。

「大学院で学んだ結果、ものごとをロジカルに考えられるようになった。それまでは、閃きや思いつきで発言・行動することが多かった。でも、研究発表や論文作成の過程で、ロジックやエビデンスがなければ、相手を納得させることが難しいことを知った。」と、N氏は言います。こちらもやはり、学ぶことの面白さに惹かれ、没頭していった一人でした。

そして現在、習得したロジカルシンキングを活かし、コンサルティング業を中心に活躍をしています。

2人の経験と知識は、片手間や中途半端な気持ちでは、決して得ることはできなかったでしょう。また、いわゆる「ビジネス界」ではないところからの学び直しの場合、直接的な関係のない本業にも良い影響を与えたり、本人の新たな能力を開花させたりと、学習することで得られる効果以上の成果を手にすることもあります。
大学院、特に社会人修士課程は戦場です。そこにいる誰もが、次の自分のキャリアを手に入れるため、限られた期間のなかで必死に学び、知識とスキルを獲得する場だからです。血眼になって研究に没頭する学びの場は、趣味や習いごとの学びの場とは異なるレイヤーに位置し、前者のような学びこそ「リカレント教育」と呼ぶにふさわしいでしょう。

 

これからのキャリア形成は学び直しとセット

 

少子高齢化による労働力不足や企業のあり方は、よりグローバル化を加速させます。欧米諸国のように、生涯を通じて学び続ける姿勢、環境、社会性を育むことが、これからの日本にとって重要です。働き方改革の一つ、副業・兼業や起業推奨の考えも、ここにつながります。

一つのキャリアで一生を終えるのではなく、学びたいときに学び、そこで得た知識や経験、スキルを活かして新たなキャリアを選択する、そして更なるスキルアップのために学び直す。このように、ある程度長期的なスパン(フルタイム)で学習と就労を繰り返すことで、より深い知識やスキル(資格)を身に着けることができます。

キャリア形成のための学びではなく、学ぶこと自体の面白さにハマったとき、そこから作られたマインドセットこそが、純粋なるモチベーション誕生の瞬間です。

経営学者ピーター・ドラッカーが提唱した「パラレルキャリア」も、メインのキャリア以外での社会活動を通じで自己啓発し、その結果、メインのキャリアへ還元したり、新たな目標として転職や起業へ進んだりと、キャリアの選択肢を広げる考え方です。これからの時代は、単線的な職業キャリアではなく、複線的(多様)なキャリア形成が主流となるでしょう。そして、それぞれのキャリアの専門性を高めるためにも、学び直しが必要なこと、さらに、生涯にわたり学び続けることで、人生の再設計や自己実現に向けてのモチベーションとなることが期待できます。

みなさんにとって実現可能な「リカレント教育」について、そしてその先にある「キャリア」について、この機会に考えてみませんか。

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[1]参考:内閣府/平成30年度年次経済財政報告(第2章 人生100年時代の人材と働き方/白書の注意点2:人生100年時代には学び直しが大切-人生100年時代を見据えた人づくり)
https://www5.cao.go.jp/j-j/wp/wp-je18/h02-02.html

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