IT技術の急速な進展に伴い、企業のあらゆる事業活動はITに強く依存しています。そのため、内部統制の信頼性を担保するには、IT統制の確実な運用が必要です。内部統制を強化し、運用のコストや負荷を極力減らすためには、ERP(基幹系情報システム)は有力な選択肢の一つです。
ところが、SAP(ERPを代表とするシステム)導入に苦しむ日本企業は少なくありません。コストの大幅な増加や構築期間の長期化など、特に大企業での失敗事例はよく見聞きします。筆者は、1980年代からの会計システムを核とした日本企業のIT化の取り組みを実際に経験しました。また、SAP社の認定コンサルタントとして2000年代以降導入支援をおこなってきました。
この記事では、グローバルスタンダードであるSAPの導入になぜ日本企業が苦労するのかについて、従業員の働き方の観点で解説します。
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目次
コンプライアンスとは?内部統制とは?IT統制とは?
企業の不祥事が発生すると、コンプライアンス、内部統制そしてガバナンスの言葉がよく出てきます。同じような概念ですが、企業や経営者によって捉え方が違うように感じます。
コンプライアンスは、「法令遵守」と訳されますが、法律だけでなく、社会規範や企業独自の経営理念、行動規範などを含み、定められた指針やルールに沿って企業が経営されることを意味します。
ガバナンスは、コンプライアンスを徹底するために、企業としての方針、ルール、行動規範を明らかにし、企業グループ全体を教育し管理する枠組みです。
内部統制は、会社法・金融商品取引法で導入や報告が義務付けられており、財務計算に関する書類その他の情報の適正性を確保することを目的としています。
コンプライアンスやガバナンスが原則としてすべての企業に要請されるものであるのに対し、内部統制は、上場企業など特定の企業に要請される法律上の義務です。
内部統制におけるIT統制の位置づけ
IT統制とは、内部統制の一つの構成要素であり、企業の事業活動や管理体制をITの活用によりコントロールとモニタリングし、内部統制の有効性を担保することを意味します。IT統制は、「IT全社的統制」「IT全般統制」「IT業務処理統制」の3つの統制で構成されています。
IT全社的統制とは?
IT全社的統制とは、企業グループ全体のITを適正に構築・運用する仕組みを言います。多くの企業でCIO(最高情報責任者)がその役割を担っており、企業グループ全体のITに関する方針やルール、体制を構築し運用する責任を負っています。
IT全般統制とは?
IT全般統制とは、企業のIT業務処理統制が有効に機能する基盤・環境に係る統制を意味します。主に情報システム部門が対象となる統制であり、企画、開発、運用、保守、などITに関する一連のプロセスを統制する仕組みです。
IT全般統制が適正に構築・運用されているかの評価は、IT委員会研究報告(日本公認会計士協会)では次のように例示されています。[1]
「 IT全般統制の評価例」
・ 開発・変更に係る全般統制
・ システムの運用に係る全般統制
・ 情報セキュリティに係る全般統制
・ 外部委託業務に係る全般統制
IT業務処理統制
業務処理統制とは、事業活動における販売や購買など個々の業務について、承認、処理、記録などのプロセスが適正に行われていることを統制する仕組みです。業務処理統制は、
①非IT(手作業)による統制
②IT業務処理統制
③二つの統制の組み合わせ
で行われます。
IT処理業務統制では、入力されたデータの正確性、網羅性、適時性、正当性等を担保するために、システムに組み込まれたIT統制の機能が必要となります。具体的には、次のような統制が行われています。
・PW(パスワード)を求める、PWの有効期限をチェックする
・未入力項目があるとアラーム情報を出す
・マスタにないデータは入力できない
・総件数や総合計を表示する
・権限で入力制限をかける‥
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ERP(経営者のシステム)VSレガシーシステム(現場のシステム)
グローバルスタンダードであるERPと日本企業が苦労しているレガシーシステムについて解説します。
ERP(経営者のシステム)とは?
ERPシステムとは、「Enterprise Resource Planning」の略で、統合基幹業務システムを意味します。ERPは、企業の事業活動に必要な基幹業務プロセスを一つのパッケージで提供しています。その大きな特徴は、 欧米の企業など業務プロセス・ノウハウがリファレンスモデルとして提供されていることです。ERPパッケージを導入することで、一定の有効性が検証されている業務プロセスに基づいて、業務改革や業務標準化に取り組むことができます。
また、データの一元管理、リアルタイム処理を実現し、即時の経営判断が必要な経営層に正確で鮮度の高い情報を提供することから、「経営者のためのシステム」とも呼ばれています。
内部統制の観点では、複数の基幹業務を一つのパッケージとして搭載しているため、各業務のマスタ情報の一元化、リアルタイムのデータ連携、重複処理の排除など各業務間のデータの整合性を担保する仕組みが標準機能と搭載されています。これら機能は、グローバルレベルでの内部統制の実現に必要な機能となっています。
レガシーシステム(現場のシステム)とは?
レガシーシステムとは、年々加速するIT技術が広く普及している現在でも、旧来型のIT技術を基盤として構築されているシステムを指します。ITベンダーの独自技術により設計・構築されたメインフレーム(汎用コンピュータ)がその代表例です。国の機関や金融機関など高い信頼性・安定性が求められるシステムでは、いまだに数多くメインフレームが稼働しています。
1980年代、日本企業は、メインフレームを核としたIT化に取り組んできました。その特徴は、部分最適でのシステム構築です。パソコンの無かった時代からのIT化でしたので、WindowsやUNIX、Linuxなどのクライアント/サーバシステムやWeb系などのオープン技術など時代時代のIT技術に合わせたシステム構築が行われました。また、事業部門制を背景とした現場ごとの情報システム部門が部門(現場)の声に基づいてIT化に取り組んできました。
これらのシステムは、ビジネス環境の変化に伴い、改修や機能追加などを繰り返し長年に渡り使い続けられ、企業全体で見た場合サイロ状態となっています。
今後は、新たなIT技術との連携、ハードやソフトのサポート打ち切りなどにより、どこかの時点で抜本的なシステム再構築の取り組みが求められています。
日本業がSAP導入に苦しむ原因・背景とは?
日本企業がERPを代表とするSAPの導入に苦労する背景について解説します。
日本におけるSAP導入の課題
有力なITベンダーは、2000年代後半、自社の基幹管理システム(受発注管理)をSAP CRM(顧客管理)を中核とした基幹システムに再構築しました。旧システムは稼働から20年超を超え、1,000を超えるインターフェイスと数十の周辺システムなどまさにレガシーシステムそのものでした。再構築には2年を要し、多額の費用を要しましたが、SAPの導入はCRM(顧客管理)にとどまり、生産管理、財務会計など他の基幹業務の刷新には至りませんでした。長期化と高コスト化で会計など一つの業務だけSAPにして力尽きてしまう事例は少なくありません。
再構築プロジェクトの長期化や費用の増加は、ERPへのアドオンが原因です。ERPのアドオンはベースとなるERPの機能やシステムは変更しないで、導入企業にとって必要な機能を開発し追加することを意味します。
なぜ日本企業ではアドオンが必要なのか
ERPの導入は、あらかじめ設定されている業務プロセスや業務フローなどに自社の業務プロセスを合わせることで、構築期間と導入コストが大幅に削減できます。リファレンスモデルに合わせた業務改革・標準化がERP導入の前提です。
日本企業の特徴の一つは、日々の製品・サービス品質向上やQC活動に取り組む強い現場力と言われています。グローバルスタンダードといわれる業務プロセスを自社に取り入れることは、現場が長年練り上げてきた業務プロセスを否定することになります。
そのため、現場の強い抵抗にあい、結果として、アドオンにより、旧来のシステムの延長線上に基幹システムが再構築されてしまう事例が多くあります。
「経営者のためのシステム」を目指したはずが、「現場のためのシステム」になってしまうのです。
強い現場力が生産性の低さを招く?
強い現場力と合わせてよく耳にするのは、「日本のホワイトカラーの生産性が低い」という言葉です。働き方改革によりもっと合理化を追求せよという議論もその一つです。
現場力の強さの一つが「締め日」。日本企業では当たり前ですが、SAPを使っている企業では締め日を前提としたオペレーションはまずありません。
購買の入庫・買掛金計上の業務プロセスで比較してみます。
SAPを使う場合、入庫がある在庫管理担当者が「入庫/買掛金仮勘定」の仕訳を起こします。経理など買掛金担当者は、仕入れ先から請求書を受け取ると「買掛金仮勘定/買掛金勘定」の仕訳を起こします。買掛金仮勘定(入庫金額と仕入金額の差額)が残る場合、だれも調査分析しません。もちろん調査のための残業もしません。一定期間を過ぎると経理処理方針に基づき、機械的に差額を償却していきます。
一方、日本企業の場合、購買部門が締め日に「入庫/買掛金」を起こします。数量・単価差異、先方・当方責任など差額を調査し、きちんと一致させたうえで、部門の責任として経理部門にお金を動かすことを依頼します。締め日近辺では、残業などでコストをかけ、精神的にも肉体的にも苦労しているケースも少なくありません。
この場合、業務品質は当然日本企業が高いものの、リアルタイムの情報ではSAPが有用となっています。経営者が許容できる範囲での経営数値(多少の誤差があっても)がリアルタイムで収集できるのであれば有用と考えるのが欧米流の経営の考え方です。
不正発見などの統制や会計・税務を重視し、必ず正しい経営情報(貸借を一致させた数値)を求めるが日本流の考え方です。
働き方が変わるとERP導入のハードルは低くなるけど...それでよいの?
考え方の違いは、社員の働き方に対する考え方の違いです。長期雇用を目指している日本企業と違って、海外ではジョブホッピングが当たり前です。業務品質を社員に求めてもすぐに退職してしまうと無駄な投資になります。経営者にとって、社員(オペレーター)は、求められたこと(職務記述書の記載されたこと)だけをきちんとやってもらえればよい存在にすぎません。SAPなどで徹底的にシステム化し、マニュアルに沿って誰でもできるような雇用関係を構築できれば、コスト(人件費)も不要になります。
日本の経営者や社員が、欧米流の考え方で、極端に言えば、「社員はデータ入力装置に過ぎない」と割り切れるような社会になったらERPの導入のハードルは低くなるでしょう。
非正規社員の増加や同一労働・同一賃金など昨今の働き方の方向は、欧米流の考え方を
踏襲しているといえます。労働人口の急激な減少局面を迎えている現状を考えるとやむを得ない面はありますが、筆者にはまだその方向性に確信がありません。
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まとめ 内部統制構築にERP導入は有力
内部統制構築にERP導入は有力な選択肢であることは明らかであり、日本企業がその導入に苦労しているのも事実です。
色々な要因はありますが、筆者は、「現場力の強さ=業務品質の高さ」がその背景にあると考えます。海外ではスムーズに構築できるERP。日本ではとても苦労するERP。
内部統制の観点からだけでなく、「グローバル化」「リアルタイム経営」「AI/IOTなど先端IT技術」などの観点からグループ基幹システムの構築は必要不可欠です。
しかし、「社員にどのような働き方を望み、提供するのか」が今日本企業に求められているのではないでしょうか。
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参照
[1]出所:IT委員会研究報告(日本公認会計士協会)
「重要な虚偽表示リスクと全般統制の評価」1P
https://jicpa.or.jp/specialized_field/files/1-10-0-2-20140729.pdf