本記事では、未経験者をいかにして育成していくべきかについて、識学講師の視点から解説していきます。
目次
未経験者育成の三つのポイント
昨今は売り手市場であるため、業種・職種を問わず経験者採用が難しく、必要な人員を確保するために若手や未経験者の採用を行う企業も多くなっています。
ただ、これによって生まれてくる課題が、採用した人材の戦力化です。
新卒採用者同様の育成コストがかかることも珍しくなく、新入社員も、過去の仕事との違いやできることの少なさに戸惑いを覚えてしまいがちです。
採用によって企業の経営状態が圧迫されたり、せっかく入社した社員の早期離職につながったりするという問題が起きてしまいます。
原因は、未経験者を迎え入れる仕組みができていないことにほかなりません。
未経験者に限らず、新入社員の育成はどんな仕事であれ絶対に必要ですが、育成の仕組みを整えていない企業も多いです。
「新人は先輩の背中を見て、失敗を繰り返しながら育っていくものだ」という考え方自体を否定するつもりはないものの、「先輩の背中」のどこを見て、「どのような失敗」であれば繰り返してもよいのかが不明確なために、育成に無駄な時間がかかります。
そのうちに、なかなか仕事を覚えられない新入社員が、仕事に嫌気が差して退社を決断してしまう恐れもあるのです。
どうすればこうした状況を避けられるでしょうか。
育成における三つのポイントについてご紹介します。
明確な基準が必要
階段を上がるようにステップアップしていくためには、育成する側もされる側も認識がずれないような基準を設定しておく必要があります。
育成の仕組みがあっても、基準の設定がされていない企業が少なくありません。
このような企業では、育成期間が終了した社員が、当然できていなければならないことをできていなかったり、逆にできていることについての研修をだらだらと受けていたりする事態が起きてしまいます。
明確な基準が存在していると、誰がどこまで育成されているのかを把握でき、基準をクリアしていくことで成長を認識できるので、新入社員の迷いを取り除き、成長意欲を満たすことが可能となるのです。
具体的には、知識であればペーパーテストの合格を、プレゼンやマナーや技術などはロープレテストや実技テストの合格を、総合的に判断する場合はマニュアルや改善策を提案させて上司の承認を得るなどのゴール設定をし、それを複合的に組み合わせて次のステップに進んでいく仕組みを構築するとよいでしょう。
採用後5年のキャリアパスを設定した上で、その5年後のイメージに到達するために必要なことが、1週間、2週間、1カ月、3カ月、6カ月、1年のイメージで順番に設定されている状態をつくります。
あくまで基準ですので、その基準を前倒ししてクリアすることを目指してもらいます。
「できること=やってよいこと」を増やしていく
「未経験者は何もできない」とか「育成してからでないと何もさせられない」といった認識がいたずらに新人のデビューを遅らせていきます。
上記の明確な基準を設定し、それをクリアした人には、その基準の人ができることを「やってもいい」という権限を与える必要があります。
基準をクリアすることでできる業務が増えていき、組織の役に立てる存在であることを認識できれば、新入社員は成長や存在意義を実感することができます。
また、組織としても育成中から役に立ってもらうことができるということです。
具体的な運用例としては、「未経験者であっても教えれば誰でもできること」を最初に教えてテストをし、合格させます。
掃除、片付け、基本的なキットの準備、在庫の数量確認などのテストを早々にクリアすれば、それはルール通りに規定のスピードで実施することができるわけですから、合格の翌日から他のスタッフよりも多くその業務をさせることで、できることが増えていく実感を得させるのです。
これで、他のスタッフの負担を軽減することも可能となります。未経験者でもまったくの新人でも、できることはあるのです。
仕組み自体を変化させる
いったん作った育成の仕組みが形骸化してしまう原因として、「不明確であること」「できることが増えていかずに育成する側に負担がかかること」があります。そして、「今やっていることと違う」のも大きな理由です。
育成の仕組みは、当初リーダークラスが作成し、「これはよいものができた」と実運用に入っていくでしょう。
その際に起こる問題は、リーダーが作成した育成の仕組みが、新人たちからすると、前提となる知識を持っていないために理解が追い付かないものになってしまっているということです。
この問題を解消するためには、育成されている側の新人たちが分からない部分を調べたり聞いたりして補填していき、書き加えていく必要があります。
先にマニュアル作成を合格基準に設定することが多いのはそのためです。
毎年、育成を受けた人が、自分たちが詰まったところや前と変わっているところを反映して分かっていない人のためにマニュアルを作って提出すれば、1年に1回はマニュアルが更新されることになるからです。
明確な基準を作ることは、この更新にも有効なのです。
そもそも、育成の仕組みは分かっていない人が分かった状態になるための仕組みである必要があります。
仕組みの運用はリーダーが行いますが、教材やマニュアルは分かっていない人が分かるように作成されるべきです。
未経験者育成の仕組みを構築するメリット
未経験者育成の仕組みを構築することは、未経験で入社してきた人を迷わせず、早期に戦略化するために必要です。
育成する側にとっても、新人を適切に管理できるだけでなく、仕組みを見直していくことで無駄な工数を減らしていくことが可能になります。
ただ、私が育成の仕組みの構築を強く推奨するのにはほかにもメリットがあるからです。
ここからは、代表的なメリットを以下に紹介いたします。
採用時に使える
以前、私の元上司に「やらせる側が3年後をイメージできていなければ、やる側は3年もたない」と言われたことがあり、私はこの言葉を忘れずに守り続けています。採用であってもこの言葉は重要です。
採用候補者にキャリアパスを伝えることができるということは、ミスマッチを防ぎ、採用候補者を安心させるだけではなく、応募数自体をアップさせることにもつながります。
キャリアパスを示せない会社より、示せる会社が選択される可能性が高いのは当然でしょう。
また、キャリアパスとそれを達成するための6カ月程度の育成の仕組みを採用時に示すことで、採用候補者は入社後のイメージをつくることができ、採用面接時に「入社後1週間何をしますか」と質問すると答えが返ってきます。
そして、採用決定した後に「必要なものはありませんか」と質問すると、多くの方が「最初のステップをクリアするための教材やマニュアルを先にもらうことはできますか」といった内容の返答をしてくれます。
そうです、彼らは初日から「働ける状態」で出社してくれるのです。
再教育に使える
育児休業など、長期間業務から離れていたスタッフの再教育にも有効です。
こういった人たちは、復職時に「できる人」として扱われ、休む前と変わっていない状態を求められるケースが多いのですが、果たしてそうでしょうか。
長期間職場を離れ、育児などに集中していた間のブランクにより、休む前よりはパフォーマンスが落ちています。
また、その間に環境が変わり、組織内のルールも変更されている可能性が高く、そのルール変更を知らされていません。
そのせいで、変化についていけずに離職してしまう悲しいケースもよく耳にします。
そこで、復職者を育成の仕組みに乗せることで、リハビリにもなり、その間のルール変更を確認してもらうのです。
一定期間(未経験者よりはクリアが格段に早いです)の再教育期間は必要ですが、この手順を踏むことで離職やルールの形骸化(復職した人が古いルールで働くことでルールが崩れる)を防ぐことができるのであれば、有意義な時間ではないでしょうか。
未経験者のための育成の仕組みは、経験者にも有効なのです。
また、いったん育成したのにパフォーマンスが落ちてしまったり、ミスを連発したりした人が現れたときも、この仕組みが役立ちます。
パフォーマンスやミスに定量的な基準を設定し、それを下回った人には、「〇ステップの育成段階まで戻る」といったルールを設けておくことで、同じミスをしないように正しい手順を学び直させることができ、管理者が感情的にならずにルールにのっとって再教育の仕組みに乗せることが可能になるのです。
自責になる
育成の仕組みが構築されていると、それに沿って必要なインプットを行い、部下に育成のステップを早く進ませることが育成責任者の仕事だとはっきりします。
ここで注意が必要なのは、育成責任者の責任のみが認識され、育成される側が「育成され待ち」の状態になったり、組織全体として育成責任者にのみ責任があるような管理をしてしまったりすることで、新人の「お客さま状態」をつくってしまうという失敗です。
私は、この失敗事例を多く見てきました。そのなかには、育成される側も組織としても失敗したという認識がないケースも少なくありません。
新人にとっては、採用時にキャリアパスを提示され、自分にとって有益だと判断して選択した会社です。
そのなかでより高い給与や評価を獲得し、成長を勝ち取っていくことは、誰よりも育成される側の本人にとって有益なことなのは間違いありません。
つまり、育成される側には、育成してもらえる権限と同時に成長する責任があるのです。
この点を、育成する側もされる側も認識できていなければ、育成が成功する確率は大きく下がります。
両者が自責を認識できる仕組みを構築することが成功の鍵なのです。
未経験者とは
これまで未経験者の育成をテーマとして論じてきましたが、そもそも未経験者というカテゴライズ自体が不要なのかもしれません。
なぜなら、経験者とは、「別の組織で似たような経験を積んだ人」だからです。
それは、あくまで「別の組織での似たような経験」であって、自組織で必要とされる経験とは似て非なるものでしょう。
つまり、経験者と呼ばれる人たちにも育成の仕組みは必要なのです。
自組織のルールややり方を学ばせることで、前の組織のルールを持ち込んで混乱を招くことを防ぐことになります。
どのような立場で採用されたとしても、自組織にとっては未経験者ですから、育成の仕組みを構築してそれを全員に適用することで、入り口で認識を合わせることが可能になり、育成する側もされる側も「自責で働く」という、当たり前ながら重要なことを認識させることができるのです。
結果的に、それが組織も社員も守り育てることにつながります。