中小企業における人事評価は、従業員の承認欲求や処遇への満足度に大きく影響します。
したがって、従業員の不満や不安につながることが多く、人事評価によってモチベーションが低下するケースも少なくありません。
この結果、離職率が上がると、ただでさえ中小企業において慢性化している人手不足がさらに深刻化してしまいます。
また、新型コロナウイルスの感染拡大を受けて働き方が大きく変化しているなか、人事評価制度の見直しが喫緊の課題となり、頭を悩ませる経営者も多いでしょう。
そこで本記事では、中小企業における人事評価制度の在り方や導入する必要性、注意点などを解説していきます。
関連記事:人事評価とは?代表的な3つの評価基準や失敗しないための運用方法を解説
目次
中小企業は人事評価制度を活用していない?
日本は少子高齢化、そして人口減少に伴って生産年齢人口が大幅に減っていくことが見込まれています。
これにより、日本の多くの企業が慢性的な人手不足に陥っていますが、特に、中小企業にとっては深刻です。
なぜなら、若い世代の人の多くが、規模が大きく安定した企業や有名な企業に就職したがるほか、賃金格差や低い定着率といった背景があるためです。
人事評価制度はこのような問題を解消する手段の一つではありますが、中小企業においてはあまり導入されていません。
職業能力評価でも中小企業と大企業に差がある
最新の職業能力評価のデータも見てみましょう。
職業能力評価とは、業種別、職種・職務別にそれぞれの仕事において必要な「知識」「技術・技能」、そして「成果につながる職務行動(職務遂行能力)」を、厚生労働省がまとめたものです。
厚生労働省による「令和2年度能力開発基本調査」を見てみると、職業能力評価を行っている事業所は51.7%であり、「職業能力評価を行っていない」とした事業所は43.1%でした。
この数字を見ると評価を行っている企業が多いように感じますが、企業規模別に見てみると30人から49人の場合は43.5%です。
しかし、1,000人以上の企業では62.2%となっており、その差はおよそ20ポイントもあります。
このように規模が大きい企業と比べると、中小企業は職業能力評価の導入が遅れているようです。
(参考:職業能力評価基準について丨厚生労働省)
(参考:能力開発基本調査:結果の概要丨厚生労働省)
人事評価制度を導入していても機能していない?
また、人事評価制度を導入している場合でも、適切に運用できていないケースが多いことも明らかになっています。
総合人事・人材サービスを展開するアデコ株式会社が、20代~60代の働く人を対象に「人事評価制度」について調べた結果、下記のようなことがわかりました。
- 62.3%の人が会社の人事評価制度に不満を持っている
- 不満の理由は「評価基準が不明確」が62.8%で最多で、次いで「評価者の価値観や経験による不公平感がある」が45.2%となっている
- 77.6%の人が「人事評価制度を見直す必要がある」と考えている
- 上司(評価社)の77.8%が「自分が適切に人事評価を行えている」と考えている
人事評価制度が導入されていたとしても、およそ8割の人が「見直す必要がある」と考えているにも関わらず、評価者は自身の評価が正しいと自負しているのです。
つまり、多くの企業で人事評価制度が効果的に運用されておらず、むしろ不満や不平の原因となりかねない状況となっているのです。
(参考:6割以上が勤務先の人事評価制度に不満、約8割が評価制度を見直す必要性を感じている丨THE ADECCO GROUP)
適材適所な人材配置ができず、定着率が下がる
このように、中小企業は人事評価制度を導入する割合が低く、また導入していたとしても適切な運用ができていないケースが多いことがわかりました。
ここで「それでも問題なくビジネスが回っているなら問題ない」と感じる方もいるかもしれません。
しかし、このような事態を放置しておくと重大な問題につながります。それは、若手の定着率や生産性が下がることです。
適切な評価ができていなければ、人材育成や適切な人材配置ができません。
したがって、組織としての生産性が下がるだけではなく、自分の成長につながらない業務内容や、頑張っても適切に評価されないことによるモチベーションの低下により、優秀な人材が退職してしまうのです。
人手不足が深刻化するなか、特に中小企業においては人事評価制度の適切な運用が欠かせない理由はここにあります。
関連記事:人事評価の不満要因、圧倒的1位は「基準の不明確さ」48.3%「納得感ある人事評価実現の要は “基準”と“待遇”の仕組み化にあり」
人事評価制度とは?見直しを図る中小企業が増える理由
従来、日本企業では終身雇用制度や年功序列制度が雇用システムの中心となっていたため、勤務時間や勤続年数の長さが評価の基準でした。
しかし近年は、働き方改革法のテーマの一つである「長時間労働の是正」に代表されるように、このような評価基準では対応しきれなくなってきています。
そこで、中小企業でも人事評価制度を見直す動きが加速しているのです。ここからは、そもそも人事評価制度とはどのようなものか、またどのような目的があるのかなどを解説していきます。
人事評価制度とは?
そもそも人事評価制度とはどのようなものでしょうか?
人事評価制度とは、能力や実績に基づいた勤務成績を、将来的な仕事内容や待遇に反映させるための制度です。また、企業が望む理想の人材へと成長を促す人材育成といった側面もあります。
規模が大きな企業と比べて従業員の数が少ない中小企業においては、これまで採用してきた年功序列制度をやめて、実力主義に切り替える企業が増加傾向にあります。
また、評価する際は定められた一定の基準によって、客観的に行われなければなりません。
評価者によって評価基準にバラつきがあったり、「頑張ってるから」といった主観的な評価をしたりすると従業員からの反発を招きます。
コロナ禍の人事評価制度
新型コロナウイルスの感染拡大によってリモートワークが普及しました。このような働き方の変化に合わせて人事評価を見直す必要性がでてきまています。
2020年11月に行われたパーソルプロセス&テクノロジーの調査「テレワーク中の評価に関する意識・実態調査」を見てみると、リモートワークにおいて「自分の評価が正当にされているか、不安」だと感じたことがあると回答した割合は、45.6%にも達しています。
さらに、リモートワークにおいて「部下の評価が正しく行えているのか、不安」だと感じている管理職は53.2%にも及んでいるのです。
このように、リモートワークへの切り替えや導入を検討している企業では、適切な人事評価制度を整える必要性が高まってきています。
(参考:テレワーク中の評価に関する意識・実態調査丨パーソルプロセス&テクノロジー株式会社)
中小企業に適切な人事評価制度が求められる理由
ここまで、中小企業における人事評価制度の実態を見てきましたが、「本当に中小企業にも人事評価制度は必要なの?」と感じる方もいるのではないでしょうか。
そこで、ここからは中小企業こそ人事評価制度を適切に運用するべき、下記の3つの理由を解説していきます。
- 従業員の離職率を下げるため
- 上司と部下のコミュニケーションの促進につながるため
- モチベーションアップによる生産性向上のため
従業員の離職率を下げるため
上記でも軽く触れましたが、人事評価制度を適切に運用していない場合、従業員の離職率が上がり人手不足に陥る可能性があります。
特に中小企業の場合は、定着率の向上が大きな課題となっています。
なぜなら、ただでさえ人手不足に陥るリスクが高く、人口減少が進む日本社会においては人材の確保に多大なコストを要する上に、人材育成にも時間や手間がかかるためです。
したがって、現在抱えている従業員が仕事を辞めないようにして、定着率を上げることが重要になります。
しかし、適切な人事評価が行われず、人材育成や待遇に反映されなければ「成果をあげても給与が増えない」「サボっている従業員と待遇が同じ」という状況になるため、優秀な人材ほど条件の良い会社へと行ってしまうでしょう。
上司と部下のコミュニケーションの促進につながるため
従業員の数が少ない中小企業では、人間関係のトラブルが組織全体に大きな影響力を与えます。
しかし人事評価を導入することで、このような問題の発見・解決に貢献します。
人事評価をする際は、従業員一人ひとりとコミュニケーションをとったり、現状把握をしたりしなければなりません。
これにより、上司と部下の間でコミュニケーションが増えて、部下が抱える悩みを上司に話しやすい環境づくりにつながります。
さらに、人事評価は上司を「リーダー」として育成する効果もあります。
なぜなら、部下とコミュニケーションをとる機会が増えることで、上司は「リーダーとしてどのようにあるべきか」を考えるようになるためです。
モチベーションアップによる生産性向上のため
規模の大きい企業と比べて従業員数が少ない中小企業では、少数精鋭として従業員一人ひとりに活躍してもらわなければなりません。
そこで大切になるのが、従業員の意欲やモチベーションです。
人事評価において重要なことは評価の正確性ではなく、従業員一人ひとりに対して「あなたの仕事ぶりを見ていますよ」「成果を評価していますよ」という企業の姿勢を伝えることです。
成果を適切に評価し、待遇に反映させることで従業員は「成果を出せば評価につながる」と実感できるため、モチベーションアップにつながります。
モチベーションが上がれば、仕事に取り組む姿勢も変わり、生産性の向上も期待できるでしょう。
関連記事:コロナ禍における人事評価とは?テレワークでも不満を残さないための評価制度について徹底解説!
人事評価制度を導入するべき中小企業とは
ここまで見てきたように、中小企業が人事評価制度を導入して適切に運用することで得られるメリットは大きいです。
しかし、現時点で人事評価制度を導入していない中小企業において、全ての中小企業が人事評価制度を導入するべき、というわけではありません。
どのような中小企業が人事評価制度を導入するべきでしょうか。下記の3つを参考に、2つ以上当てはまる場合は、導入を検討してみましょう。
- 顔と名前が一致しない社員が多い
- 働き方改革に取り組まなければならない
- 自社に最適な若手を確保したい
それでは一つずつ解説していきます。
顔と名前が一致しない社員が多い
まず1つ目の基準は、顔と名前が一致しない社員が多いことです。
従業員の数が増えてくると、すべての従業員の顔や名前を把握することが難しくなります。
この結果、顔や名前を覚えている従業員に対して偏った評価を与えやすく、評価に対して納得できない従業員が出てくるリスクがあります。
「顔や名前を完璧に把握していなくても、偏った評価はしない」
と考える方もいるかもしれませんが、それは難しいでしょう。なぜなら、人間には何度も会ったり接触したりしている相手に対して、好印象を抱く「単純接触効果」が働くためです。
単純接触効果により、よく顔を合わせる従業員に対してのみ良い評価を与えたり甘い評価を下したりする可能性が高まってしまいます。
したがって、顔と名前が一致しない社員が多いと感じる場合は人事評価制度を導入することで、偏りのない適切な評価をすることが望ましいでしょう。
働き方改革に取り組まなければならない
2つ目の基準は、働き方改革に取り組まなければならない場合です。
働き方改革に取り組むには、長時間労働の是正により生産性の向上を図らなければなりません。
また、コロナ禍ではリモートワークの導入など、働き方が大きく変わった企業もあるため、これに合わせて成果や能力によって従業員を評価する仕組みが求められます。
従来のように残業時間の多寡によって評価していては、いつまでも長時間労働が無くならず、労働生産性も向上しません。
しかし、公正かつ客観的な根拠に基づく評価制度の場合、従業員のモチベーション向上にもつながります。
自社に最適な若手を確保したい
適切な人事評価制度の運用ができていれば、新規採用の際に人材ビジョンを明確に打ち出しやすく、これに沿った応募者を募ることが可能です。
企業側は求めている人材を採用しやすく、応募者も自身に何を求められているのかが明確になるため、「思っていた仕事ではなかった」というようなミスマッチが起こりにくくなります。
ミスマッチが減ることで定着率も上がり、企業にとっても若手社員にとってもウィン・ウィンな関係を構築できるでしょう。
中小企業が人事評価制度を導入する際に気をつけるポイント
中小企業が実際に人事評価制度を導入・作成する際に気をつけるべきポイントは下記の通りです。
- 低コストで導入したいなら自社で行う
- 企業理念や事業計画に基づいた人事評価を行う
- 基準が明確であり、客観性や公平性を重んじる
- 評価者の教育を行う
- 従業員への適切なフィードバックにつなげる
それでは一つずつ解説していきます。
低コストで導入したいなら自社で行う
コンサルティング会社に依頼するとまとまった費用が必要になるため、低コストで導入したいのであれば自社で作成するのが望ましいでしょう。
自社で行う場合は人事評価制度の作成に関する書籍やセミナーなどを活用することがおすすめです。
一方で、コンサルが提供する高度な技術や知識を活用することは難しいでしょう。
企業理念や事業計画に基づいた人事評価を行う
人事評価を行う際は、企業理念や事業計画に基づいていることが求められます。
従業員のモチベーションを高めるには、自身は何のために働いているのか、高い評価を得るには何をすればいいのかを明確に示さなければなりません。
「何のために」は企業理念に、「何をすればいいのか」は事業計画に該当するのです。
また、企業の業績に貢献する成果をあげた場合、その従業員が適切に評価されることで誰もが納得する人事評価ができます。
このためにも、従業員が目標を設定する際は、各部署ごとの成果に貢献するようなものにすることが重要です。
上司は、部下が設定した目標が部門の目標に貢献するものかどうかをチェックしたうえで承認しましょう。
基準が明確であり、客観性や公平性を重んじる
従業員は、どのような成果を上げることで評価されるのかがわからなければ、努力の方向性を誤ってしまいます。
したがって、人事評価の基準を明確にし、透明性や公平性を担保した上で運営しなければなりません。
例えば、「設定した目標をどこまで達成できればどれほどの評価となるのか」といったことを、数値で図れるようにすることが重要です。
評価者の主観や感情による評価は排除しなければなりません。主観や感情を抜きに評価できる具体的な数値目標を設定しましょう。
評価者の教育を行う
人事評価において、忘れられがちになるのが評価者を教育することです。
仮に評価基準が明確になっていたとしても、評価者がその運営方法を知らなければ意味がありません。評価者によって人事評価の運用方法が異なっていると、公平性に欠けてしまうためです。
したがって、あらかじめ評価者に対して説明会や研修を行い、人事評価の必要性や評価者が持つ重要な役割・責任、客観的な評価を行わなければならない理由などを伝えておくことが求められます。
従業員への適切なフィードバックにつなげる
人事評価では、従業員を評価することよりも、評価結果を従業員と共有し、その結果に基づいて今後の成長のために活用することが重要です。
そのために、
- 現時点で何ができていないのか
- 企業として従業員に何を求めているのか
- どのような行動や成果を企業が評価しているのか
といった項目を、評価者である上司は従業員一人ひとりに伝えていかなければなりません。このように、結果をもとに従業員のパフォーマンスを高めていくことで、ようやく人事評価が一巡します。
関連記事:人事評価のお悩みは『意欲』ではなく『成果しかみない』で解決できる【上司が意欲を評価しだすと、組織がおかしくなる】
中小企業における人事評価の作成方法
それでは、実際に人事評価制度の作成方法を見ていきましょう。
- 人事評価制度の目的を明確化する
- 評価項目や基準を決める
- どのように評価するのかを決める
- 評価をもとに報酬を決める
それでは一つずつ解説していきます。
人事評価制度の目的を明確化する
まず初めに、人事評価制度を導入する目的を明確化する必要があります。
例としては、
- 経営理念を浸透させること
- 従業員のモチベーション向上
- 従業員の待遇を決めること
- 人材育成をすること
などが挙げられます。
いずれにせよ、人事評価制度を作成する際は、企業理念や経営層の考えに基づいたものにするのが良いでしょう。
経営層が評価する人材や組織を明確化することで、従業員が何をするべきかが明確になるためです。
評価項目や基準を決める
人事評価は、下記の3点によって構成されることが一般的です。
- 能力評価:業務遂行能力を評価する
- 成績評価:特定の期間における業務の量や質を評価する
- 情意評価:仕事への態度や勤怠状況を評価する
部門によってこの3つのうちどれを重視するのかは異なるため、自社に最適な形で設定していきます。
例えば、営業や製造といった部門は成果が数字で測りやすいため成績評価を重視し、数字で測りにくい事務部門は能力評価や情意評価によって評価することが望ましいでしょう。
部門によって重視するべき項目を変えて、部門別に納得しやすい評価基準にすることが重要です。
どのように評価するのかを決める
人事評価ではいくつもの評価手法が存在するため、企業によって最適な手法は異なります。したがって、それぞれの手法を比べて自社の風土や方針に最適なものにすることが重要です。
代表的な手法としては下記の3つが挙げられます。
- コンピテンシー評価:優秀な従業員に共通する行動特性を基準として、評価基準を作成する手法
- 360度評価(周囲評価):いくつもの立場の関係者が1人の従業員の評価を行なう手法
- 目標管理制度(MBO):従業員に目標を設定させ、その進捗や達成度合いによって評価する手法
評価をもとに報酬を決める
従業員の評価を行った後は、結果を賞与や給与に反映させます。
どのような評価を得ることで、報酬がどの程度になるのかを明らかにしておくことで、従業員のモチベーションも上下します。
しかし、この時に注意することは、目標達成や業績といった成果は数字として評価しやすいものですが、運やタイミングなどによる場合もあります。
成果だけで基本給を決めてしまうと不満や反発のもととなることも少なくありません。
したがって、成果は短期的指標として賞与に反映させることがベターでしょう。
リモートワーク下の中小企業でも採用しやすい人事評価制度
新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、リモートワークに切り替えた中小企業も少なくありません。
そこで、リモートワーク下でも採用しやすい人事評価制度を紹介します。
目標管理制度
上記でも軽く触れましたが、目標管理制度は中小企業のみならず規模が大きい企業でも採用されている制度です。
目標管理制度は、従業員に自ら目標を設定してもらい、その達成状況によって評価を下す手法です。
もともとは現代経営学の父であるピーター・ドラッカー氏が提唱した概念で、「Management By Objectives」を略してMBOと呼ばれています。
目標管理制度の特徴は、目標を従業員自身に決めてもらうことです。これにより、自主性が引き出されるため「やらされ感」を低減し、企業との一体感を高められるのです。
360度評価
こちらも代表的な人事評価制度であり、上司だけではなく複数の立場の人が1人の従業員の評価を行うものです。
一般的な評価制度においては多くの場合が、上司によってのみ評価されます。
しかし、360度評価では上司だけではなく同僚や部下、他部署の従業員などから多面的に見られることで、総合的で公平な評価が可能となるのです。
まとめ
ここまで中小企業の人事評価について見てきました。
人事評価制度を適切に運用することで、生産性の向上や離職率の低下といった多くのメリットが期待できます。
また、新型コロナウイルスにより働き方が大きく変わるなか、従業員をどのように評価するのかを見直す必要がある企業も少なくありません。
だからこそ、これをきっかけに人事評価制度の導入や活用を検討してみるとよいでしょう。