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【後編】高橋由伸さん✕安藤広大対談<第二回>

プレーヤーとして輝かしい成績を残した高橋由伸さん。2016年、現役引退の直後に巨人軍の監督に就任。いきなりマネジメントを任されたことで悩む場面も多かったと語ります。高橋さんの本音と苦悩が垣間見えるエキサイティングな対談、第二回をお届けします。

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選手との距離をどうとるか?

安藤:由伸さんの場合、選手からいきなり監督になったから、選手の気持ちがわかりすぎるということもあるのでしょうか?

高橋:それはありますね。そこはいい部分でもあり、悪い部分もあったと思っています。つい2〜3ヶ月前まで同じロッカーにいたので、それぞれが愚痴を言っているのがわかっているんです。「今ごろこう思っているだろうな」「こう言っているだろうな」と思ってしまう。
選手の中には自分の立場を超えて「コーチ的な役割」をし始める人も出てきます。態度には出しませんが。

安藤:わかります。

高橋:「こいつはたぶんこういうことを言っていて、こういうふうにやっているだろうな」というのが、なんとなくわかってしまうんです。

安藤:大変ですよね、それは。

高橋:それがよくなかった部分もあると思います。「気を使っていた」というわけでもないのですが、多少迷いのようなものが生まれてしまった。

安藤:私も前職では、下から上がっていって責任者になったので、ちょっと違うかもしれませんが、同じような感じです。「慕われるお兄ちゃん」みたいなかたちで上にあがったので「部下の愚痴を聞いてあげたほうがうまくいく」と思って運営していたんです。
でも結果的にどうなったかというと、愚痴を聞きすぎて叱るべきタイミングでちゃんと叱れなくなってしまった。だから今回の経営では「上司は人間的に好かれる必要はないな」というのを意識しています。そうすると、すごく楽になったんです。
社員と飲みにいくことなんて絶対にありません。とにかく距離を置く。いまはもう、心がけなくてもそれが当たり前になってしまいました。
以前は、すごく距離が近かった。だから、とにかく距離を置いたほうが、結果的にはマネジメントしやすいんじゃないかと思ったんです。でも、由伸さんの立場は、かなり難しかったと思います。

高橋:自分の中では距離をおいているつもりではいたんです。立場が違うんだから、これまで言っていたことと、いまやっていることが変わってもしょうがない。しかも、野球は基本9人しか試合でグラウンドに出ません。当然、僕が監督になったことで、これまで出ていたのに出られなくなった人もいるわけです。
当たり前ですが、誰からも好かれる、全員にとっていい監督になれるなんて思っていませんでした。でもやっぱり、どうしても「こう思っているだろうな」「ああ思っているだろうな」というのが、どこか頭の片隅にあったのは事実だと思うんです。

安藤:なるほど。プロ野球の世界でもたぶんそうだと思うのですが、私たちは「とにかく結果だけ見る」ことにしています。プロセスとか、過去の付き合いとか、そういうものはすべて無視して、結果だけ見る。それで評価もコメントもするんです。そういうふうに切り替えてからは、すごく楽になったという感じです。

高橋:僕もそれはそう思いますし、その努力は自分でもしました。とにかく結果で判断する。ただ、数字に表れないものは、もう自分の勘に頼るしかないんです。勘というとアレですが、同じくらいの実力の2人の選手がいて、「どっちが打つか」なんて判断できないからです。結果で甲乙つけられなかったら、あとは選ぶ側の勘や好みのようなものが入ってきてしまう。僕はそこで好き嫌いでは判断しないようにはしていたんですけどね。

安藤:なるほど。おもしろいですね。

選手と監督の距離が近いとウケはいい

高橋:安藤さんが「距離をとったほうがいいんだ」というふうに考えが変わったのは、いつごろだったんですか?

安藤:今回の会社は「識学」を教える会社ですから「距離をとることが正しい」という前提で組織をつくりました。でも最初、社員が5〜6人のときなんかは、やっぱり「飲み会楽しいな」と言っていました。「全社会議」と称する飲み会が3ヶ月に1回くらいあったんです。
でも、やっぱりそれだとうまく機能しない。だから起業して半年ぐらい経つと「距離をとったほうがいいな」とすごく思うようになりました。特に私は、新入社員時代の同期が社員として入社していたんです。そいつとの関係をなあなあにしてしまうと、ルールがルールでなくなってしまう。だからとにかく距離をとることは今でも意識してやっています。

高橋:そうなんですね。

安藤:私たちは上場させてもらっているのですが、上場審査は試験のような感じなので、精神的にすごくやられるんです。社員の山下というやつがいるのですが、彼は私の直属の部下ではないので、「識学」的には私と飲みに行ってはいけない人なんです。距離をおかないといけないので。
でも、そのつらかったときに1回だけ飲みに行ったことがあるんです。それが、すごく楽しかった。だから、距離を縮めることって人間的にはすごく楽しいんです。でも組織運営上は絶対によくありません。だから今はまったく社員と飲みに行っていません。

高橋:いまの野球界、スポーツ界では、指導者と選手の距離が近いほうが、なんとなく世の中「ウケ」がいい雰囲気がありますよね。

安藤:そのほうが世の中ウケはいいですよね、間違いなく。

高橋:これについては、どう見えていますか?

安藤:そのチームは勝てないと思います。監督と選手の距離が近いのに強いチームってないんじゃないでしょうか? たとえばソフトバンクの工藤監督は、端から見ていると、選手との距離はすごく遠そうに感じます。

高橋:そうなんです。工藤さんは、やわらかくてわりと選手の近くにいそうに見えて、言葉のひとつひとつをとっても、わりと距離をとっている感じがあります。

安藤:すごくとっておられるなと思いますね。

高橋:工藤さんはすごく距離のある評価の仕方をしているなと感じます。

安藤:人間は、勝手に感情を持つ生き物です。だから「無機質な枠組み」をつくってあげたほうが、そのなかでは変な感情が起きなくなる。
枠をつくる側が感情を持ってしまうと、その中で働く人たちは感情を言い訳にしてしまうんです。「由伸さんはあの人に気を使っているから試合で使われてるんだな」みたいな。そういうふうに見えてしまうといけないので距離を置いたほうがいいんですよね。

高橋:ああー、なるほど。

安藤:たとえば、選手との距離が1メートルしか空いていない場合、誰かと50センチ距離が縮まると、すごい差になってしまいます。でも、もともと100メートル距離が空いていると、多少の距離の縮みは「誤差」になる。だからとにかく距離を空けておいたほうが、不公平感が生まれません。変な軋轢が生まれないんです。

距離があると不平不満が出ない

高橋:僕らが若い選手を使っていくと、それと引き換えにこれまで使われていた選手が使われなくなるわけです。これまでと違う若い選手が使われはじめると、その選手と僕との距離感とは関係なく、ただのひがみで不平不満が出るんです。「監督はあいつが好きだから」とか「間に入ってるのが〇〇さんだから使われるんだ」とか。
そういう発言が、マスコミや外部の人など違うところから広がって、常識のようになっていくのが怖いんです。そういうことを防ぐための、選手間、会社でいうと社員間のルールみたいなものはあるんでしょうか?

安藤:それは当然、「そういうことは言ってはいけない」と決めることですね。
でもたとえば、私と社員ですごく距離が離れていると、私の決定は社員にとってはもう「天気」みたいなものになるんです。雨に文句を言う人はいませんよね? 距離をおくというのはそういう感じなんです。でも、距離が近いと文句を言うんですよね。

高橋:ああー。

安藤:「監督がこうと言っている。以上」と。それが「距離感」なんです。近ければ近いほどトップの決定に対して変な噂がたってしまう。だから距離は空けたほうがいいんです。

高橋:はい。わかります。

安藤:由伸さんはずっとレギュラーだったから、あまり経験がないかもしれないのですが、すごく怖い監督とかいませんでしたか? 慶應や、桐蔭学園のとき。

高橋:僕は運よく、つねにそのチームのトップの選手としてやってきたので、監督との距離はわりと近かったんですよね。

安藤:なるほど(笑)。そうですよね。

高橋:監督と近い立ち位置の選手として、ずっと育ってきてしまったんです。晩年にレギュラーじゃなくなったときも、やっぱり長くいる大ベテランだから、なんとなく主力と同じ扱いを受けてしまって、監督との距離は近かったですね。

安藤:私は早稲田でラグビーをやっていました。そこでは当然、レギュラーに選ばれないことに不満を持ったりもしていました。でもそんなことは口には出さずに「どうしたらレギュラーになれるか」しか考えていなかったんです。
それは、監督との距離が遠かったからでした。私のときは清宮監督だったのですが「どうしたら清宮さんに選ばれるかな」ということしか考えなかったです。そういうのが距離感なのかなと思います。

コーチと監督の関係

安藤:あと気になっていたのですが、「コーチ」というのはチーム内ではどういう立場なんですか? 由伸さんの「部下」なのでしょうか? コーチの責任ってなんなのでしょう?

高橋:おそらくそれは、監督によってちがうと思います。僕は基本的には、コーチに責任を与えていました。
プロ野球でいうと、バッティングコーチ、ピッチングコーチ、守備のコーチ、あとはスカウティングのコーチなど、いろいろな役割のコーチがいます。それぞれの担当コーチにまず、ある程度の責任を与えました。
責任というのは、指導の面での責任です。どのようにメンバーを組むかの最終決定は僕がします。でも「この選手をどうやって指導するか?」「どういうふうに使うか?」ということに関しては、コーチに責任を持たせていました。

安藤:「育成の責任」ということですね。

高橋:指導方法に関しては、ある程度任せていました。「そのかわり、その選手が試合で結果を出せるようにしろよ」という責任ですね。
あと僕は野手なので、ピッチャーに関しては専門知識がなかったんです。だからそこは、コーチにほとんど任せていました。

安藤:任せたときに、どういう設定をされたんですか? 投手部門のコーチに対して「君の責任は、これをいつまでにこうすることだよ」と。なにか数値の設定などはあったんですか?

高橋:数字を指標にはしていました。ただ「勝ち負けの数字」は、そのときの打者とのバランスもあるので一概には言えません。でも、防御率などは見ていました。ピッチャーの数字が上がっていかないと「どうなってるんだ」という指導はしていました。
試合に向けて選手をつくっていくことに関しては、ある程度コーチに任せないといけません。その中でうまく組み立てていくのが僕の責任。

安藤:なるほど。

高橋:ピッチャーに関しては、僕が経験も知識もあまりなかったので、なかなか踏み込めずにいました。
野手に関しては、コーチに任せている中でも、僕なりの考えや「こうしたほうがいいんじゃないか」ということは伝えていました。まずコーチを呼んで「ちょっとここが気になる。こうしたいから直接やっていいか? 横にいて聞いてくれ」と。
識学的には「上司が2人いる状態」になっていたかもしれません。ただ、上司どうしの意思疎通ははかるようにしていました。「こういう指導をしてる」「こういうやり方をした」というのは、コーチともある程度共通して持つようにしました。でも、それがよかったのかはわかりません。

安藤:本当は、コーチ経由で由伸さんのやりかたを伝えるのがよかったんだと思います。ちなみに、コーチのほうから「監督、すみませんでした。ちゃんと育成できてませんでした」と報告しにくる関係性はありましたか?

高橋:部門によってはありました。

安藤:どの部門がありましたか?

高橋:ちょっと、それは言えないですね。

安藤:投手部門はなかったということですか?

高橋:いや、投手部門はありました。野手のほうは、結果が出ていないコーチのほうが謝りにこなかったですね。

安藤:ああー、なるほど。

高橋:結果が出ているコーチのほうが謝りにきました。シーズン中は目の前で毎日勝敗が出て、毎日結果が出ます。それを受けて「今日はここがこうで、申し訳ありませんでした」というのはありました。それがよかったかどうかはわからないのですが。

安藤:いえ、そうあるべきだと思います。

高橋:その報告があるから、次の対策が打てるわけなので。それがないとなると、もうこっちが踏み込むしかないよねと。そういうことは多々あったんです。「もう我慢ならん、結果が出ないんなら、お前を飛び越える」と。「いつまでもお前には任してられん」ということが何回かありました。

安藤:なるほど。そうなりますよね。短期決戦ですし。会社の場合でいうと、トップが役割を飛びこえた瞬間に、飛びこえられたほうの責任がなくなってしまうんです。

高橋:それがすぐにできないのが我々の難しいところです。やっぱりシーズン中に、そう簡単に交代や変更はできません。1年終わったときに、その結果を見て判断するので。

安藤:そうですよね。会社経営でもそこは同じなので、お気持ちはわかります。数字が出ていないと、つい飛び越えたくなる場面はあるので。

高橋:はい。あと、急に飛び越えたつもりもないんです。そのコーチに対しても、何度かアプローチはしていました。「ちょっとこうなんじゃないか」と。でも「やってるからちょっと待ってくれ」という感じで。こちらも「やってるんだったらいいですよ、ちょっとは我慢します」と言っていました。
ただそれがあまりにも改善されずに、ずっと続いていたので「さすがにもう我慢ならんよ」という感じだったんです。

安藤:なるほど、なるほど。

高橋:これもダメだったんでしょうか?(笑)

安藤:いやいや、そんなことないですよ。それはもうしょうがないと思います。それは、そのコーチのことを諦めたということなので。それは会社でいうと、その人を役職から外すということとイコールだと思います。

「プレイヤーからいきなり監督」の苦悩

高橋:これはいちばんの言い訳になってしまうのですが、やっぱり僕の年齢や、実績のなさゆえに、なにかものごとを動かすたびにまわりが動揺したり、反発したりしてしまったというのはありましたね。

安藤:いや、そりゃあそうなりますよね。プレイヤーからいきなりトップになるんですから。

高橋:僕の経験不足ゆえの部分があった。「もっとなにかできたのではないか」というのは、現場を離れて3年目になるいまも、ずっと頭にありますね。

安藤:なるほど。
もしうまくいく方法があったとしたら、もうガチガチに人間性を消してしまうことしかなかったかもしれないですね。由伸さんのケースは、かなり難易度が高いと思います。社員がいきなり社長をやるようなものですから。
そうなると人間性をすべて消して、すべてルールで回すようにしないと、うまくいきようがないと思います。人間性を出した瞬間に「プレイヤー・高橋由伸」として見る人間が絶対に出てくるからです。そうすると「監督と選手」という関係が、どこかで必ず崩れてしまう。
だから距離をおいて、とにかくルールで運営するよう徹底する。そうしないことには、誰がやったとしても難しかったんじゃないかなと思います。

選手にとっての「いい監督」がいい監督とは限らない

安藤:選手にとって「いい監督」が、本当にいい監督だとは限らないんですよね。これは、私たちが経営者にも言っていることです。社員にとって、いまこの瞬間「いい」と思う社長は、本当にいい社長じゃないかもしれない。
由伸さんはプレイヤー出身なので、選手側の立場になって考えすぎていたのかな、というのは今日お話を聞いていて感じました。

高橋:そうですね。選手と距離をとるべきだし、全員からいいと思われるわけがないと思ってはいたのですが。
でもやっぱり、選手に結果を残してほしかった。
いい思いをしてほしいというより「いい結果を残してほしい」という気持ちだったんです。それでバランスというか距離のとりかたに難しさが生じていたんですよね。それはすごく感じていました。
今日そのへんに関してお話を聞かせていただいて「ああ、なるほどな」と思いました。

安藤:「距離」のところが、いちばんご興味がありそうでしたもんね。

高橋:はい。やっぱりアドバイスをくれる先輩方は、距離に関しては基本、両方言うんです。「近い方がいい」という人も「遠い方がいい」という人もいる。

安藤:そうなんですか(笑)。

高橋:特にスポーツの世界では、両方言われていますね。ビジネスの世界で経営者の方たちの話を聞くと「近いのがいいわけないでしょう」とよく言われるのですが。でも振り返ってみると、僕はやっぱり急に距離をとることができなかったのかなと思います。

安藤:いや、普通は無理ですよ。なかなか難しいと思います。

高橋:マンガやドラマの世界のように、距離が近くてみんな円満なチームがいいような気がしてしまいますよね。

安藤:そうですよね。マンガやドラマでそういう描写が多いのは、世の中には社員やプレイヤー層のほうが多いからです。その人たちに響くようにストーリーが作られている。でも実際はそんなことはありません。半沢直樹みたいな社員がたくさんいたら、会社は潰れますからね(笑)。

高橋:はははは(笑)。
そういうイメージが僕も頭の片隅にあったし、まわりの人たちもそれが理想だとどこかで思っていたのかもしれません。理想と現実はなかなか違いますよね。だから本当に難しい。
選手を起用するときも、どうしても期待と願望が入り混じってしまうんです。期待して送り出した選手に対して、途中でいつのまにか「なんとかこうなってくれないかな」と思ってしまっていたり……。

安藤:ああー、なるほど。やっぱり距離ですよね。部下に感情移入してはいけないので。

高橋:そうですよね。感情移入していたのかもしれないし、「自分が正解のはずだ」という気持ちもどこかにあったのだと思います。自分が期待して送り出しているがゆえに、「なんとかなってほしい」と。

安藤:それはよくわかります。経営も一緒だと思います。

高橋:期待と願望の区別をつける難しさは、やっぱり痛感しましたね。

安藤:私たちも社員を降格させることはやっぱりあるんです。でも距離が近かったらできないと思います。私たちは社員が5〜6人しかいない状態からそれをやってます。昔からいる社員の降格なんて、距離が近かったら絶対にできません。
昔からの社員でも結果が出ていなければしっかり降格させる。そうすることで、全員が幸せになるんです。社長は全員を幸せにする責任者なので、そこは躊躇なくやらないといけないのだと思います。

高橋:なるほど。

責任と権限が一致していないといけない

安藤:あと、組織運営においてすごく重要なことは「責任」と「権限」が合致していることです。これは野球でいうとおそらく「監督とコーチ」との関係性で生じることかなと思います。
「責任」に対して「権限」が足りない場合は、言い訳の材料になります。一方で、既得権益者というか、昔からいる人や年長者で、責任は少ししかないのに、なぜかエラく権限が多い人もいます。この責任と権限とのズレが、その人の「無責」のゾーンになります。
だから、誰かに責任を与えるときは、「責任」と「権限」にズレがないことが非常に重要なポイントになってきます。責任を付与する人間は、権限の存在もあわせてやらないといけない。

高橋:プロ野球界では、アメリカと日本とでルールが違います。向こうはGM(ゼネラルマネージャー)制度(※編集部注:チームに関する権限と責任をGMが負う制度。監督はGMの決めた方針に従う)が主流です。日本ではGM制度はあるようなないような、というところです。「責任と権限」という点では、企業とは別の難しさがあるなと思いました。

安藤:監督の責任と権限ということですか?

高橋:そうですね。やっぱり監督も会社に雇われているわけです。どこまで権限が与えられるか。「こいつにいくら払う・払わない」というところまで権限が与えられるかというのは、監督にもよります。そこもまた難しいですね。
わかりやすくいうと、いまのジャイアンツの監督は、「責任」も「権限」もすべて持った監督ということです。

安藤:ああー、なるほど。

高橋:他のチームの監督が果たしてどこまで権限をもらえているのかはわからないです。

安藤:責任と権限はセットになっている。これが基本です。
コーチに責任を与えるのであれば、どういう権限があるのかも明確にしないといけない。たとえば「練習時間をコントロールする権限をください」とか、そういう会話がないといけないと思います。

高橋:ああー。それはありました。練習は全部決めさせていたので。

安藤:そうですよね。あとは育成のコーチなら「自分で起用するかどうか決める枠を、何枠だけください」とか。例えばですけどね。

高橋:オープン戦前の練習試合まではその権限も多少は与えていました。

安藤:なるほど。

高橋:特にピッチャーの場合は、僕が最終確認でどうしても嫌なときは嫌と言うくらいで、ある程度は任せていました。「こいつは何イニング投げます」というところまで決めさせていました。
野手のほうも「今日どうしてもこいつに何打席立たせたいんだ」と言われたら「わかった」と言っていました。練習試合の、オープン戦に関しては認めていましたね。

安藤:やっぱりコーチ側に、言い訳の余地をなくさないといけません。「俺が君に与える権限は練習試合までだ」「そのうえで、君は育成の責任を果たさなきゃいけないよ」ということは、オープン戦の前に言っておく必要があるんですよね。
だから責任と権限をあわせるというのは、すごく重要です。ひょっとしたら由伸さんも、上の方々と「責任と権限」を合わせきれていなかったのかもしれないなというのは、なんとなく思いました。

高橋:うーん、そうかもしれないですね。

「基本をつくること」の大切さ

安藤:いろいろお話しさせていただきましたが、「識学」というのにどんな印象を持たれましたか?

高橋:やっぱり、基本をつくることが大事だというのを再認識しました。組織では、まず基本のルールがあるから、いろんなことができる。だから、絶対に守らなくちゃいけない最低限のルールは必要なのだと思います。
僕もずっとそういうふうに思っていましたし、そこは間違ってはいなかったんだなと感じました。ただ、リーダーとしてのありかたに関しては、なかなか難しかったなと思います。
どうしても、近くで見てきた先輩たちの影響は少なからずあるわけです。そういった人たちを参考にする一方で「まねごとは嫌だ」みたいに思ったりもする。当時は余裕もなかったですし、そういう葛藤はありましたね。
やっぱりこういった話を聞くと「もしかしたら、あのときはこうすべきだったのかな」というのは考えます。当時のいろんなことを振り返らせてもらいました。

安藤:すいません、いろいろツッコんで伺ってしまって。

高橋:いえいえ。おもしろかったです。

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