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社員のメンタルを守りたいなら、「モチベーション」ではなく「成果」にこそ、アプローチせねばならない。

メンタルに支障をきたす方が増える中、社員の「モチベーション」を課題だと思っている経営者、管理者は多いようです。

たしかに、書店のビジネス書には「メンタル・ヘルス」とともに、「モチベーション・マネジメント」や「やる気を引き出す」というタイトルが並んでおり、そうした理由から、「社員のモチベーション」に気を配る会社が増えているのかもしれません。

ただ、個人的には、モチベーションを「マネジメント」や「コントロール」の対象とすることに若干の疑問をいだきます。

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モチベーションは何に左右されるのか

私がモチベーションを「マネジメント」や「コントロール」の対象とすることに疑問を感じているのは、モチベーションは職場での出来事だけに依存するわけではないからです。

  • パートナーとの喧嘩。
  • 寝不足。
  • 家族の不幸。
  • 昨日やったオンラインゲームの勝ち負け。
  • 週末の飲み会。

そういったことすべてが、「仕事のモチベーション」に影響を与えます。

私生活がモチベーションに与える影響は決して小さくない

このように、仕事は私生活に影響を及ぼすが、逆に私生活の状況が仕事に影響を与えることもある状況は「スピルオーバー」と呼ばれます。[1]要するに社員のメンタルを「保全」しようとすれば、公私に渡ったマネジメントとコントロールが必要になってしまうのです。

しかし、会社がそこまで介入することを望む人は、そう多くないでしょう。「仕事のモチベーション」を云々するロジックは、往々にしてこの「私生活の与える影響」を無視しがちです。実際、ゲームで寝不足になっている社員のモチベーションを高めることに上司が責任を持てるはずもありません。パートナーとの喧嘩に対しても、基本的には上司は無力です。逆にもしそれに干渉すれば、上司の権限を逸脱しているとも言えるでしょう。

仕事の難易度で調整できる?

一方で、上司は部下のスキルレベルと、仕事のレベルを調節し、最適に仕事を設計しなければならない、そうすればメンタルは保全され、モチベーションも上がる……と、言う方もいます。

なるほど、たしかにミハイ・チクセントミハイの「フロー理論」が教えるように、チャレンジのレベルが高すぎれば、人はAnxiety(不安)に陥ったり、Worry(心配)したりします。[2]

あるいは、逆にチャレンジのレベルが低すぎればRelaxation(リラックス)もしくはBoredom(退屈)となってしまう。これは理論的には確かにそのとおりです。

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上司にコントロールできる仕事の領域は広くない

しかし、現実を見てください。上司に与えられている権限は、そこまで柔軟に仕事を設計できるようなものでしょうか?

顧客からの要求を自由に調整可能なのでしょうか?多くの職場では、そこまで大きな権限は与えられておらず、また上司に「仕事を設計せよ」と言っても、対応できる能力を持つ人はそう多くはありません。まして、「仕事に対するモチベーション」は、労働者の主観に強く依存します。

上述したチクセントミハイは、「仕事の性質を左右する権能を持つ人々の、仕事が楽しいかどうかについての関心は極めて低い」と嘆いていますが、こうも言っています。

「あらゆる職業がゲームのように構成されれば、すべての人が楽しめるようになるという期待も誤りである。外的条件が最も好ましいものであっても、人がフローに入ることを保証することはできない。最適経験は挑戦の機会や自分自身の能力に関する主体的な評価にかかっているので、潜在的には素晴らしい職業であっても満足できないことがしばしば起こる。」[3]

要するに、「モチベーション」という観点からメンタルのケアを見た場合、上司にはコントロールできない領域があまりに大きいのです。したがって、現実的には上司が打てる有効的な手立ては「部下のモチベーションを下げない」という消極的な関与にとどまります。

例えば、

  • 無礼なことを言わない
  • パワハラ・セクハラをしない
  • 約束を守る

こうした、単純に言えば、「社会人としての常識」「法的要求事項」を満たすように動くこと。これが一般的なラインではないでしょうか。

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上司はどのように部下のメンタルを保全すべきか

では部下に対して、「モチベーション」ではなく、どのような手段で上司はメンタルの保全を試みればよいのでしょう。

著書において、うつ病のカウンセラーとして様々なケースを取り上げている、見波利幸氏は、「自分の能力が不足しているために仕事ができていないと自覚するのは、メンタル面では非常に大きなリスクとなる」[4]と述べています。

つまり上司がメンタルに対して「マネジメント」をすべき領域は、部下のモチベーションそのものではなく「成果」です。逆に、その領域に注力すれば、メンタル面のリスクもある程度回避が可能だとも言えます。

では、部下が成果を上げるために必要な事項とは一体何でしょう。

「指導じゃない?」という方もいるでしょうが、実際には「指導」したところで対してパフォーマンスは変化しません。人間の能力の向上には、数年単位での時間が必要だからです。むしろ「なんでこんな簡単なことができないの?」「これをやればいいんだよ」という「指導」が部下を追い詰めてしまうケースを、読者諸兄はよくご存知でしょう。

ですからこの場合、現場で実際に必要なのは以下の3つです。

1.評価基準
何をもって「成果」とするか。
成果が出ているかどうかを判断する指標はなにか

2.方法論
成果を出すために具体的にやらなければならないことはなにか

3.志向・適性
仕事をこなすための志向・適性があるか

これらのうち、どれか一つでも欠けた場合には成果が出ず、叱責や指導を繰り返すうちに、部下のメンタルに支障が出る……というのが、一般的なパターンです。

つまり現実的には、

「何が成果かを明確にする」
「何をすれば成果が出るのか、道筋をつける」
「本人の能力に合わせて異動(配置転換)をする」

これらがメンタル保全の第一の要件です。

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成果が出ないことこそ、最も苦痛なこと

ギリシャ神話に「シシフォスの岩」という逸話があります。

オリンポスの神々の怒りを買ったシシフォスは、死後、山頂に到達するたびに転がり落ちる巨大な岩を、何度も麓から押し上げ続けなければならない、という永遠の責め苦を負わされました。

「成果のない仕事を延々と繰り返す」ことが、いかに残酷な責め苦であるかを表現した逸話ですが、部下からすれば、全く成果が出ない状態は、このシシフォスの岩と同様の「責め苦」であると考えて良いでしょう。

「モチベーション」などいう、コントロール不能で不確かなものを相手にするよりも、「成果」と「行動」のようにコントロール可能なことを相手にする。

それが経営者や上司の責任ではないでしょうか。

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参照
[1]「ワーク」と「ライフ」の相互作用に関する調査報告書 http://wwwa.cao.go.jp/wlb/research/sougo/sougo.pdf
[2]画像:http://dev-souken.shikigaku.jp/1109/
[3]ミハイ・チクセントミハイ フロー体験喜びの現象学 世界思想社
[4]心が折れる職場 見波利幸 日本経済新聞出版社

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