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まさかの倒産、労働者にとっても企業にとっても“セーフティネット”となる未払賃金立替払制度とは

松下幸之助は「(中略)経営というものは絶えず変化している。経営を取り巻く社会情勢、経済情勢は時々刻々に移り変わっていく。その変化に即応し、それに一歩先んじて次々と手を打っていくことが必要なわけである。」と、著書[1]で述べています。

「経営は絶えず生成発展していくもの」と捉えていた同氏は、「芸術家の創造活動と同様に、事業経営も無から有を生む創造的な活動である」といいます。さらに、「経営の駄作・失敗作」として「倒産・破産」を挙げており、「経営の駄作・失敗作(倒産・破産)が社会に与える影響を鑑みると、経営者に求められているものは、経営の価値を十分に認識し、厳しい精進と最大の努力をしていくことだ」と結んでいます。

しかし、経営者が日々変化する社会情勢に対応し、企業の成長に尽力するも、ときに「駄作・失敗作」を生み出してしまうこともあります。

先日、顧問先の社長から「知人が勤める会社が倒産し、弁護士から手紙が届いたが『倒産したので給料は払えません』と書いてある。どうしたらいいか。」という相談を受けました。新型コロナウイルスによるダメージで、体力のない企業は「倒産」という末路をたどるしかない現状。倒産した企業は、優先順位の高い債権から回収されるため、倒産処理の方法によっては賃金等の支払いができない場合もあります。そんなとき、未払となった賃金等についてどのような方法(制度)があるのか、お守りがわりに押さえておきましょう。

 

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倒産は、企業にとっての突然死

 

2019年度の企業倒産件数は、前年度と比べ6.4%増加(8,631件)しているものの、負債総額は21.86%の減少(1兆2,647億3,200万円)となりました[2]。倒産件数は、2018年度までは10年連続で減少しており、負債総額においては2019年度が過去30年で最低額を更新するなど、リーマンショック以降、倒産件数は順調な減少傾向にありました(図1)。


図1:東京商工リサーチ/2019年度全国企業倒産状況
https://www.tsr-net.co.jp/news/status/year/2019.html

しかし、ここへ来て、新型コロナウイルスの影響による倒産が、猛スピードで増加しています(図2)。グラフは、5月1日16時30分現在の報告ですが、新型コロナウイルス関連倒産が3月末から急激に増えており、115件の内訳として法的整理76件、事業停止39件となっています[3]。感染拡大が長期化する場合、取引先の減少や消費の落ち込みから、倒産に追い打ちをかける可能性が危惧されます。


図2:帝国データバンク/新型コロナウイルス関連倒産の発生時期分布(5月1日16時30分現在)
http://www.tdb.co.jp/tosan/covid19/

 

努力の甲斐なく倒産、賃金が支払えない…

 

最大限の努力をするも、倒産を余儀なくされた企業の多くは、残された財産が乏しい状況にあります。そのため、労働者は、確実に賃金の支払いを受けられるとは限りません。そこで、企業が法律上の倒産または事実上の倒産をし、賃金未払のまま労働者を解雇した場合、政府が当該企業に代わって、未払賃金の一部を立替払する方法があります。

これは「未払賃金立替払制度」というもので、独立行政法人労働者健康安全機構(以下、「機構」といいます。)が行います。機構は、独立行政法人労働者健康安全機構法(平成14年法律第171号)に基づいて設立された、厚生労働省が所管する法人で、未払賃金立替払事業のほか、労働者の健康および安全の確保を図る目的で、さまざまな調査・研究とその成果の普及を行っています。

機構で行われるこれら事業の財源は「労働保険料」です。労働保険料は、「労災保険料」と「雇用保険料」から成り、毎年、事業主が納付をしています。この「労災保険料」の内訳として、労災保険給付等、社会復帰促進等事業などがあり、さらに「社会復帰促進等事業」のなかに、社会復帰促進事業、被災労働者等援護事業、安全衛生確保等事業という3つの事業があります。そして、「安全衛生確保等事業」に未払賃金立替払事業が含まれており、アスベスト等による健康障害防止対策、長時間労働・メンタルヘルス対策の事業などと合わせて実施されています[4]

なかでも、未払賃金の立替払制度は、労働者とその家族の生活の安定を図る「セーフティネット」の役割を果たしています。

 

立替払を受けられる人

未払賃金の立替払が受けられるのは、次の要件を満たした退職労働者です。

  1. 労災保険の適用事業所で1年以上事業活動を行っていた事業主に雇用され、企業倒産に伴い賃金が支払われないまま退職した労働者
  2. 法律上の倒産の場合は「裁判所への破産手続開始等の申立日」、または、事実上の倒産の場合は「労働基準監督署長に対する事実上の倒産の認定申請日」の、6か月前の日から2年の間に、当該企業を退職した労働者(図1)


図1:独立行政法人労働者健康安全機構/未払賃金の立替払事業
https://www.johas.go.jp/tabid/687/Default.aspx

  1. 未払賃金額等について、破産管財人等の証明(法律上の倒産の場合)、または、労働基準監督署長の認定(事実上の倒産の場合)を受けた退職労働者

 

立替払の請求ができる期間と対象となる未払賃金

立替払の請求ができる期間は、法律上の倒産の場合は「裁判所の破産手続の開始等の決定日または命令日の翌日から起算して2年以内」、事実上の倒産の場合は「労働基準監督署長が倒産の認定をした日の翌日から起算して2年以内」に、「未払賃金の立替払請求書」を機構に提出する必要があります(図2)。この期間を過ぎると、立替払を受けることはできません。


図2:独立行政法人労働者健康安全機構/未払賃金の立替払事業
https://www.johas.go.jp/tabid/687/Default.aspx

そして、立替払の対象となる未払賃金は、退職日の6か月前の日から、機構に対する立替払請求の日の前日までの間に、支払期日が到来している「定期賃金(労基法第24条第2項に規定する「毎月定期的に支払われる賃金」で、税金や社会保険料を控除する前の額)」と「退職手当」です。ただし、未払賃金総額が「2万円未満」の場合や、「賞与」、「交通費」などについては、立替払の対象外です。

 

立替払される金額

立替払いされる金額は、未払賃金総額の100分の80です。ただし、退職日の年齢によって未払賃金総額に限度額が設定されているため、限度額を超える場合に立替払される金額は、限度額の100分の80となります(図3)。


図3:独立行政法人労働者健康安全機構/未払賃金の立替払事業
https://www.johas.go.jp/tabid/687/Default.aspx

たとえば、退職日の年齢が46歳、未払賃金総額500万円(定期賃金200万円、退職手当300万円)の場合、45歳以上の限度額370万円を超えているので、立替払額は上限額の296万円となります。

 

立替払の請求手続

倒産は2種類あり、「法律上の倒産の場合」と「事実上の倒産の場合」があります。

法律上の倒産の場合は、証明者(破産管財人、清算人、再生債務者または管財人)に「証明書」を発行してもらい、請求者(退職労働者)はその証明書に必要事項を記入し、機構に提出することで手続きは完了です(図4)。


図4:独立行政法人労働者健康安全機構/未払賃金の立替払事業
https://www.johas.go.jp/tabid/687/Default.aspx

事実上の倒産の場合、請求のプロセスが増えます。請求者(退職労働者)は、まず、労働基準監督署長へ、当該企業が「事実上の倒産状態」にあることについての「認定申請」を行います。その後、調査を経て事実上の倒産状態が認められると、請求者(退職労働者)に対して「認定通知書」が交付されます。

次に、請求者(退職労働者)は「未払賃金があること」を証明するために、「確認申請書」に未払賃金額や退職日などを記入し、労働基準監督署長へ申請と同時に「確認通知書(受領書)」を受けとります。

そして、交付された「確認通知書」に必要事項を記入し、機構に提出することで手続きは完了です(図5)。


図5:独立行政法人労働者健康安全機構/未払賃金の立替払事業
https://www.johas.go.jp/tabid/687/Default.aspx

提出された請求書をもとに機構が審査をし、法律上の要件を満たしている場合には、請求者(退職労働者)の口座に立替払金が振り込まれます。

 

企業経営は挑戦の連続

 

経営者として、事業活動はPDCAのくりかえしです。さらに、経営資源である「ヒト、モノ、カネ、情報」等の確保など、社会、経済、文化の趨勢にアンテナを張り、柔軟に対応することが求められます。

経営を進めるうえで最も重要なのは「ヒト」です。働き方改革に代表される、労働条件・環境の整備やキャリア形成の支援が充実することにより、労働生産性が上がり企業価値が向上します。

しかし、倒産により「ヒト」、すなわち「労働者」を手放す場合、彼らを最後まで保護する制度があるということは、結果的に、“企業の挑戦”を担保することになります。

「経営の名作」を生み出すためにも、最大限の努力を続けていきましょう。

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参照
[1]著書:実践経営哲学(松下幸之助著)
[2]参考:東京商工リサーチ/2019年度全国企業倒産状況
https://www.tsr-net.co.jp/news/status/year/2019.html
[3]参考:帝国データバンク/新型コロナウイルス関連倒産
http://www.tdb.co.jp/tosan/covid19/
[4]参考:厚生労働省/お支払いいただいた労働保険料(労災保険料、雇用保険料)の使用用途について
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000118839.html

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