成功している企業の経営者のほとんどは、現場から離れています。
一方「離れたいのに離れられない」経営者が少なくないのも事実で、そういった相談を数多く受けてきました。
今回は、そんな「離れたいのに離れられない」経営者について考えてみましょう。
目次
現場に立つ経営者は称賛されやすい
経営者が店舗を掃除したり厨房に立ったりすると、称賛され、ニュースになることもあります。そういったことを見聞きすると、経営者が現場に出ていることが正しいかのような感覚になりますが、果たしてそうなのでしょうか。
そもそも、称賛され、ニュースになるのですから、それだけ珍しいということです。
それに、そうやって取り上げられている経営者もずっと現場に出ているわけではありません。限られた時間を使って現場に出るからこそそうやって取り上げられるのです。
現場に出続ける強い意志を持ち、経営者としての決断で現場に立ち続ける方も存在します。
その決断も、経営責任を果たすためのものですから、第三者が否定したり介入したりするべきではなく、経営判断として尊重されるべきものです。経営判断として経営者が現場を離れず、機能している組織は問題ありません。
経営者が現場を離れられないことで発生する三つの弊害
しかし、経営者がいつまでも現場に出ていると、さまざまな弊害が発生します。
そのため、「現場から離れたい」「離れるべき」と考える経営者が多く、弊害に気づかずに現場に出続けたことで大きな問題が発生したり、潜在的な問題が見えないまま組織全体のパフォーマンスが落ちていたり、経営者自身や社員が苦しんでいるということも少なくありません。
まずは代表的な弊害について考えてみます。
経営者が業務過多になる
通常、社員数が増えてくると、経営者が全員を直接管理することは困難になっていき、自分と末端の社員との間に管理職を置くことになります。
それをせずに経営者が社員全員の報告や相談を受け付け、その全てに対応していると、スーパーマンである経営者には業務が集中していきます。
それでも組織が回っていれば大きな問題は起きませんが、同時に経営者が忙しい状態はずっと続くでしょう。
次第に、意思決定の処理が追い付かなくなったり、現場からの情報も獲得できなくなったりしていくことで、組織全体のパフォーマンスが下がっていくことになります。
管理職が育たない
経営者に業務が集中しているということは、社員の経験の機会を奪っていることにほかなりません。特に管理職は「管理する」という業務が巻き取られた状態になり、プレイヤーに戻っていきます。
それだけでなく、「中間管理職ではなく経営者に報告や相談をした方が早くて正確なフィードバックが得られる」と部下たちが考え始め、上司と接触する機会が減っていきます。
これにより、「上司は上司の役割をせず、部下は上司のことを上司だと思っていない」状態になってしまうのです。
その状態は経営者をさらに忙しくし、現場を回さなければならない経営者にとって管理職育成の優先順位が下がってしまいます。
名前だけの管理職が組織に悪影響を及ぼしたり、いつまでもプレイヤーをしている管理職を見て若い社員が失望したりするなど、管理職になろうとする社員さえも減っていってしまうでしょう。
こうなると社員は「社長がなんとかしてくれる」「上司が何もしてくれない」「会社やほかの社員が悪い」と何もかも人のせいにするようになり、成長できなくなるのです。
経営者本来の仕事ができなくなる
未来の勝利をつかむために、正確かつより多くの情報を収集して勇気を持って決断することが経営者の本来の役割です。
現場から離れられない経営者は誰よりも現場で働き、社員から直接上がってくる日々の問題に対応しているため、本来の仕事に割く時間がありません。意思決定の速度も質も低下していきます。
それでも離れられない経営者の不安の正体
これまでに述べた課題を理解し、「現場から離れたい」と思っている経営者から多くの相談を受けます。
また、「離れたい」と思っていなくても、上記の弊害そのものを組織課題として相談されるケースも少なくありません。
いずれにせよ、このような相談をする経営者には大きく分けて次の三つの不安があるのです。
存在意義を失う不安
経営者に業務が集中しても、スーパーマンなのでできてしまうことがほとんどです。そうなると上述のように誰よりも働いている状態になります。
そのような何でもできていてどの社員よりも働く経営者を社員たちは頼りにし、ときには英雄視すらします。この「働いている感」と「頼られている感」によって経営者は大きな存在意義を獲得できていると認識してしまうのです。
「現場から離れる」=「存在意義が失われてしまう」という恐怖が不安として経営者の心の内側に横たわっているのです。
自分が離れるとパフォーマンスが下がる不安
何でも自分でできてしまう経営者は、それゆえに自分がいなくなったらパフォーマンスが下がると懸念してしまいがちです。
実際にそうなるケースもありますが、それは今まで仕事を巻き取ってきた弊害によって成長機会を奪っていたことが原因でしょう。
本来、経営者が今まで現場での業務に注いできた時間や労力を部下の管理に集中させれば、部下を成長させることもできるはずです。
「部下に任せるとできない」というのは事実ですが、「任せる」というのは、「任命してほっておくこと」ではなく「できるように管理すること」なのです。
自分一人でやっていたことを複数の部下が取り組むのですから、組織としてのパフォーマンスは上がるはずです。
現場が見えなくなる不安
現場には経営に必要な情報がたくさん転がっています。現場にいると、リアルタイムでその情報を獲得することができるので、「部下に仕事を任せると現場が見えなくなる」という不安を抱く経営者は多いです。
ただ、このように情報が整理されずに経営者に直接届くと、情報の交通整理のために多くの時間を使うことになり、本来すべき決断に使える時間が減ってしまいます。
また、直接的な現場の情報にさらされていると、経営者の視点が現在に固定されてしまい、「未来の勝利」のための決断の妨げになるのです。
現場から離れるのが不安な経営者がやるべきこととは
現場から離れないことで、さまざまな弊害が発生し、その弊害のせいでさらに「現場から離れられない状態」に陥っていきます。その負のスパイラルから抜けられないのは、「離れると現場が回らない」という不安からでした。
しかし、上述の不安はすべて錯覚です。経営者は現場から離れても存在意義を失いません。パフォーマンスは向上するはずですし、情報も上がってきます。
経営者の存在意義は「経営者」というポジションに紐づいた役割にこそあります。
経営者は市場からの存在意義を獲得し続ける必要があり、そのためには、自分が現場に出なくてもパフォーマンスが上がる育成(教育と管理)をしなければなりません。
現場の社員が責任を認識し、その責任を果たすために必要かつ正しい情報を上げるような状態を作る必要があります。
そこで、自分が現場にいなくても済むように、全員が守れるようなルールを設定することが大切です。
その上で、ルールが正しく運用されるように管理職を置き、「今できないことをできるようにする」ように育成の仕組みを作って管理しましょう。そして、できるようになった者や役に立った者が正当に評価される制度があれば完成です。
ということは、経営者が現場に出ていてはその状態にはできません。
まず必要なのは、「自分が現場から離れる」という決断をすることではないでしょうか。その「勇気」は、すべての経営者が持ち合わせていると私は信じています。
現場から離れても組織が正常に動き、自らが決断したことが実行され、失敗を繰り返しながら個人も組織も成長することこそ、未来の勝利はつかめるはずです。