「カインズと東急ハンズはパートナーへ」
2021年12月22日、東京・六本木で行われた緊急記者会見はこのように銘打たれていました。
ホームセンター最大手の「カインズ」は、日用品や生活雑貨などを販売する「東急ハンズ」のすべての株式を親会社の東急不動産ホールディングスから取得し、傘下におさめると発表。
この買収によって両社はどのように変化していくのでしょうか? また、どのような狙いがあってカインズは東急ハンズを買収したのでしょうか?
本記事では、カインズが東急ハンズを買収した目的や狙い、両社の今後の動きについて解説していきます。
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カインズによる東急ハンズの買収
ホームセンター最大手のカインズはスーパーを展開するベイシアのグループ企業です。そして、ペイシアグループではこれまで大型のM&A(合併・買収)を行ってきませんでした。
それでは、なぜ今回東急ハンズを買収したのでしょうか?
カインズの高家正行社長CEO(最高経営責任者)は、その理由として、今回の買収は単純な規模拡大を追求するものではないとしたうえで「(新型コロナウイルスの感染拡大などによって)社会や暮らしが大きく変化した」ことを挙げています。
ベイシアグループは自らの経営戦略を「ハリネズミ経営」と標榜し、ワークマンなどそれぞれの会社が個性を磨いてオリジナリティを発揮する「尖った」経営で成長してきました。
ハリネズミ経営によって成長してきたベイシアグループに加わることで、東急ハンズがどのような「尖った針」を見せてくれるのかが注目されています。
「買収」ではなく「パートナー」として迎え入れる
カインズは東急不動産ホールディングスから東急ハンズの発行済株式を取得するため、一般的な解釈では「M&Aによってカインズが東急ハンズを完全子会社化した」という認識になります。
しかし、会見のタイトルが「カインズ・東急ハンズによる『新たなDIY文化の共創に向けて』記者発表会」であるように、ただの「買収」というわけではないようです。
カインズの高家正行社長は「今回の話はM&Aというよりも、東急ハンズさんを新たなパートナーとして迎え入れたと思っている」と語り、東急ハンズの木村成一社長は「東急ハンズは、これからカインズさんと共にお客様へ新しい価値を提供していく」と語りました。
このように、両社は「新たなDIY文化の創造」をできるとし、パートナーとして今後も事業活動を続けていくとしています。
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カインズは、オリジナル製品の開発やデジタル基盤の活用などの面で東急ハンズとの相乗効果を見込めるとして、東急ハンズを買収しました。
また、東急ハンズの知名度を活用しつつ、自社の商品開発力を生かすことで収益拡大を狙っています。
さらに、東急ハンズは都心部に多く店舗を持っており、買収することでカインズの郊外主体の店舗網を作り直す狙いもあります。
これまでIT(情報技術)やDX(デジタル・トランスフォーメーション)戦略による経営効率の改善に注力してきたカインズ。
その効果が現れ始めたところで200億円超を投じて、手薄だった若者向けのラインアップが揃っている東急ハンズを買収することで、業績拡大を目指すというのが、この買収の大筋です。
しかし買収の背景には、こういった理由以上にホームセンター業界への危機感がありました。
カインズが抱えるホームセンター業界への危機感
カインズの親会社であるベイシアグループはワークマンなどを抱えており、「ハリネズミ経営」によって、2020年度には初めて売上高が1兆円を超えました。
また、カインズもプライベートブランド商品に力を入れ、DCMホールディングスを超えて最大手になっています。
そんなカインズが買収を決めた理由の一つとして、ホームセンター業界への危機感が挙げられます。2019年度のホームセンター市場規模は、2015年度と比べて0.4%減り3兆2,010億円となりました。
その一方で店舗数は4,355店となり3.2%増えています。
新型コロナウイルスの感染拡大によって一時的に盛り上がりを見せたホームセンター業界ですが、オーバーストアとなっているため雲行きは怪しいと言えるでしょう。
DXに本気で取り組むカインズ
カインズは、このような飽和状態を解消することを目的に、それまでのような郊外への積極的な出店を中止しています。
さらに、2018年には土屋会長が「IT小売業宣言」を標榜し、2019年にはデジタル戦略本部を立ち上げてから「システム開発の内製化」に大きく舵を切りました。
このように、カインズは小売業界のなかでDXの筆頭となって、3年間でDX戦略のために数百億円を投じるなど、デジタル改革の先陣を切ってきたのです。
こうした改革の効果が出てきたところで、東急ハンズを買収して郊外主体から脱却を図ります。
カインズが見込む東急ハンズとの相乗効果とは
東急ハンズは都心部を中心に86店舗を展開しており、バイヤーのセンスや目利きによる珍しい雑貨やバラエティに富んだラインナップで顧客から人気を集めています。
一方でカインズはプライベートブランド商品に力を入れており、この知見や技術を活用することで、東急ハンズの魅力を向上させることができるとしています。
東急ハンズがカインズのパートナーになる狙いは
東急ハンズの親会社・東急不動産ホールディングスの西川弘典社長は、買収に対して「東急ハンズが『らしさ』を生かし、成長を目指すにはカインズのパートナーになるのが最適だった」というメッセージを残しました。
カインズはプライベートブランド商品やDXの分野で最先端を走っており、そのノウハウやリソースなどを活用することで相乗効果を見込めるとしています。
また、東急ハンズは新型コロナウイルスの感染拡大によって、売上高が大きく低迷。オリジナル商品が充実していないことが原因の一つとされています。
東急ハンズではバイヤーのセンスや目利きによって、魅力的な商品や珍しい雑貨を取り揃えることで顧客を集めてきました。しかし、仕入れにかかるコストが増えるため、価格面ではあまり勝負できません。
これも、カインズのパートナーになる理由のひとつです。
もともと、小売業界を取り巻く環境は変化が激しく、国内市場においては購買行動の多様化や少子高齢化などが原因で飽和状態が常態化していました。
さらに、EC化の普及やライバルの台頭といった要因もあり、東急ハンズは厳しい立場に追いやられていたのです。
新型コロナウイルスによる業績の低迷
新型コロナウイルスの感染拡大も大きく影響し、2021年3月期業績は売上高が前期比34.7%減となってしまいます。
さらに前期は1億81,00万円の営業利益だったのにも関わらず、44億7,300万円の営業損益となってしまいました。
また連結純資産は2020年3月期の107億5,200万円から、2021年3月期は36億4,600万円まで目減りしました。
このような状況に陥った東急ハンズに対して、親会社である東急不動産ホールディングスは「当社グループの経営資源による再構築では、ハンズの価値の最大化を図ることは困難」としています。
テコ入れをするためにも、小売の専業に託す形でカインズへの売却を決めたといえます。
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「東急ハンズがカインズに買収されたなら、東急ハンズはカインズになるの?」
と疑問に感じている人もいるのではないでしょうか。
確かに、「東急ハンズ」という名称や屋号がどうなるのか、気になりますよね。実際、ネットユーザーのなかには「カインズハンズになるの? それとも縮めてカハンズ?」という声が上がっています。
東急ハンズは物珍しい雑貨や幅広いラインナップ、ユニークな品揃えに専門的な知識を持ったスタッフによる商品の提案手法などに根強いファンがいるのも事実で、こうしたオリジナリティを発揮するブランド力があります。
一般消費者のなかには「東急ハンズが無くなってしまうのではないか」と不安に感じる人もいるようです。
社名と屋号は変更される
「東急ハンズ」の社名や屋号についてカインズの高家正行社長は、「(買収は)東急ハンズを『われわれ(カインズ)の店舗』にするためのものではない」と何度も強調しています。
両社の独自商品をお互いのお店で販売するなどの取り組みは検討されますが、「いちばんやってはいけないのは、中途半端な”ミックス”によってカインズと東急ハンズの尖っていた部分が丸くなること。
そうならないようにお互いにいろんな議論を進めていきたい」としました。
とはいえ「東急ハンズ」の社名や屋号については、変更されることになっているようです。
東急不動産ホールディングスは一定期間、「東急ハンズ」という店舗名を使う許可を出しているようですが、高家正行社長はグループを離れる以上は新たな屋号を考えなければならない、としています。
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東急ハンズの話題になると必ず同時に話題にのぼるのが「ロフト」です。
現在はセブン&アイグループとなっていますが、「西武のロフト」の時代から「東急のハンズ」とはライバル関係のように見られてきました。
実際、株式会社スパコロ(アンケート調査ツールの開発などを行っている企業)が、全国の10代から60代を対象に調べた結果、ロフトと比べて候補に上がるライバルの1位は東急ハンズでした。
このように、世間一般的にはロフトと東急ハンズはライバルのようなイメージが定着しているのです。
しかし、数字を見ると「ハンズの収益力は2~3%の営業利益率を確保するロフトに見劣りする」(日本経済新聞)と、その収益力はロフトのほうが上であり、ライバルとは言えません。
東急ハンズとロフトに差がついた理由
なぜ、東急ハンズとロフトは差がついてしまったのでしょうか。
原因の一つとして挙げられるのは、「インターネットによって東急ハンズの強みが無くなってしまったこと」です。
確かに、「バラエティに富んだラインナップ」や「スタッフの知識が豊富」というのは、東急ハンズの主な強みでした。しかし、EC化が進む現代においては、Amazon以上に豊富な品揃えを実現しているお店はないと言えるでしょう。
さらに、スタッフの商品に関する知識が豊富だとしても、いまやインターネットで検索すれば知りたいことはほとんど網羅できます。
また、YouTubeやSNSでは専門家が商品についてわかりやすく解説・レビューしており、モノ選びで困ることはありません。
このように、インターネットやSNSの普及によって、東急ハンズの強みが失われているのです。
後発だったロフトの挑戦
AmazonなどのECサイトや、ネットで解説する専門家の登場によって、自社の強みが失われようとしてもなお、「品揃えの良さ」や「スタッフの高い専門性」という強みにこだわった東急ハンズは、カインズに買収されるまでに業績が低迷してしまいました。
その一方で、ライバルとされるロフトはどのような戦略で生き残ってきたのでしょうか?
ロフト1号店が出店された渋谷にはすでに東急ハンズがあったため、ロフトは後発のチャレンジャーでした。
そこで、ロフトを成長を牽引する安藤公基社長は、
「ハンズが目的買いなら、我々は見て回るだけで楽しい空間づくりを心掛けよう」(日経クロストレンド)という差別化を実践しました。
「東急ハンズらしさ」と「ロフトらしさ」
当時、東急ハンズの強みは、都心に店舗を構えながらも豊富な品揃えと高い専門性でした。
このような強みが「東急ハンズらしさ」であるなら、ロフトはそこに同じ勝負を仕掛けても勝ち目はないと判断しました。
そして、「トレンド」や「時代」を柔軟に取り入れることで勝負を仕掛けたのです。
このような柔軟性の高さが「ロフトらしさ」であり、これは現在でも続いています。
トレンドや時代のニーズ、空気感を柔軟に取り入れて顧客に提案していくことで、目的がなくても楽しめる店創りを実践しているのです。
そして、この「目的がなくても楽しめる」というコンセプトは、時代の変化に強いと言えます。
例えば、コロナ禍においてはお家時間を楽しく過ごすためのグッズを揃えることで、売り場の雰囲気を一変させられます。
しかし、東急ハンズはこうした柔軟性に欠けており、強みである「豊富な品揃え」といった機能性を重視してきたため、時代を取り入れようとも中途半端に終わってしまうのです。
まとめ
ここまでカインズによる東急ハンズの買収について、また買収の狙いなどを見てきました。
ベイシアグループの経営戦略である「ハリネズミ経営」によって、東急ハンズがどのような進化を遂げるのかが気になりますよね。
また、業績が落ちた東急ハンズをどのように再建するのか、今後の動きに注目です。
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