突然ですが、あなたは「ポリティカル・コレクトネス」という言葉をご存知でしょうか?
ポリティカル・コレクトネスとは簡単に言うと「差別的な表現を無くす」という考えであり、昨今はメディアや政治の世界で「ポリティカル・コレクトネス」が急速に広まりつつあります。
差別的な表現を無くしていくことは重要なことですが、近年はポリティカル・コレクトネスが過剰になり、一種の「言葉狩り」のようになっているケースも少なくありません。つまり、正しく活用していくことが重要な概念なのです。
本記事では、ポリティカル・コレクトネスに関する基本的な知識から、私たちの身近にある具体例、また社会や経済にどのような影響を与えているのかを解説していきます。
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ポリティカル・コレクトネスとは
ポリティカル・コレクトネスとは英語で「political correctness」といい、politicalは「政治的」、correctnessは「正しさ」となるため、直訳すると「政治的正しさ」または「政治的訂正」となります。
社会的少数者や被差別民などのマイノリティの気分を害するようなことや不利益となることを、公共の場で言わないように意図された言葉です。
また、そのような政策、対策も意味しており、人種や宗教、性別などの違いによる差別や偏見を排除した中立的な表現や言葉を使うことでもあります。このような意味があるため「政治的妥当性」ということもあります。
もともと、ポリティカル・コレクトネスはアメリカで1980年代に生まれた言葉で、偏見や差別が含まれた表現や言葉や、政治的に不適当であるという考えのもと使われるようになりました。
現代におけるポリティカル・コレクトネス
もともとは政治の世界で主に用いられていた言葉ですが、現代においてはポリティカル・コレクトネスの意味合いは拡大しており、さまざまな使われ方がされています。
現代では「この表現や言葉遣いはマイノリティや特定のグループを排除していないか」や「すでに不利益を受けている人や被差別民を、さらに不利な立場に陥れることにならないかどうか」といった意味合いで使われます。
ポリティカル・コレクトネスが無いとどうなるのか
それでは、現代社会においてポリティカル・コレクトネスが存在しない場合、どのようなことが起こるのでしょうか?
例えば、テレビCMや雑誌の広告、インターネット広告において、特定のグループやメンバーなどマイノリティに対する、侮蔑的な表現や偏見が含まれた表現や言葉遣いがある場合を考えてみましょう。
このときにポリティカル・コレクトネスがなければ、そのことに対して誰も指摘しなくなってしまい、その結果、差別や偏見が無意識のうちに容認されたことになってしまいます。
すると、社会的にその偏見が認められたことになり、被差別民や特定のグループが何らかの不利益を被る可能性が高くなってしまうのです。
そして、広告だけではなくテレビ番組や映画、ゲームといったコンテンツにおいても差別的表現が広まり、差別や分断が進んでしまうでしょう。
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ポリティカル・コレクトネスによって私たちが普段使う言葉や目にする言葉が、いつの間にか変わっていることをご存知でしょうか?
その代表的な例が職業名です。なぜなら、職業名には無意識的に差別や偏見につながりかねない情報が含まれているためです。
変更前 | 変更後 | 理由 |
保母さん | 保育士さん | 「母」という言葉が「保育は女性がやるもの」というイメージや偏見を植え付けてしまうため |
ビジネスマン | ビジネスパーソン | 「マン」という言葉が「仕事は男がやるもの」というイメージや偏見を植え付けてしまうため。現代は女性の社会進出が普通であるため |
カメラマン | フォトグラファー | 上記と同じ理由 |
看護婦 | 看護師 | 「婦」は女性を意味する言葉であり、「看護は女性がやるもの」という偏見を植え付けてしまうため |
スチュワーデス | 客室乗務員 | 男性客室乗務員の総称だった「スチュワード」には、語源に差別的な要素が含まれるとする見方があるため。また「スチュワーデス」はその女性形で「性差別用語」でもあるため |
彼氏/彼女 | パートナー | 「異性愛が普通であり、正しい」という偏見やイメージを受け付けてしまうため |
Chairman(議長) | Chairperson | 「-man」は女性差別的であるため |
policeman(警察官) | police officer | 上記と同じ理由 |
このように、日本語でも英語でも多くの職業の名称が変化しつつあるのです。
また職業だけではなく、アフリカ系アメリカ人が黒人を表す「Black」は「African American」に変わり、アメリカ州の先住民は「Indian」でしたがこれは本来インド人を表す言葉であるため、「Native American」や「First Nation」に変更されています。
ポリティカル・コレクトネスとヘイトスピーチ
ヘイトスピーチとは、人種、出身国、民族、宗教、性的指向、性別、容姿、健康(障害)といった、先天的に決まっており後天的には変えることが難しいことについて、それに属するグループやメンバーに対して攻撃や脅迫、侮辱する発言や言動を指しています。
ポリティカル・コレクトネスの観点から見ると、ヘイトスピーチは絶対に許されることではありません。日本でも在日外国人や移民に対する偏見や軽蔑から発せられるヘイトスピーチが問題となっています。
ヘイトスピーチは表現の自由か?
しかし、憲法では発言に対する自由や差別的表現、、扇動的表現、侮辱的表現を含めた表現の自由が保証されているのです。とはいえ、これは「公共の福祉」により正当化できる範囲に限られているため、立法によって制限される場合もあります。
このように、憲法で守られている「表現の自由」によって差別的表現や侮辱的表現などのヘイトスピーチを容認するのか、またはポリティカル・コレクトネスの観点からヘイトスピーチは規制するべきなのかが議論されるようになりました。
世界で最もヘイトスピーチに厳しいドイツ
上記で見たように、日本では「表現の自由によってヘイトスピーチも容認するべきか?」という議論がなされていますが、世界ではヘイトスピーチを厳しく規制している国があります。
それがアメリカやカナダ、欧州各国ですが、なかでもドイツは世界で最もヘイトスピーチに厳しい国です。ドイツでは刑法第130条に「民族煽動罪(Volksverhetzung)」というものがあり、ヘイトスピーチはこれに該当します。
ドイツでは民族煽動罪になると、裁判所は最低3ヶ月、最長5ヶ月の禁固刑を科すことが可能です。この刑法では民族扇動を下記のように定義しています。
- 民族や人種、宗教、国籍を理由に一部の市民に対する憎悪や暴力の行使を煽ること
- 民族や人種、宗教、国籍を理由に一部の市民を罵ったり、誹謗中傷を行ったりすることによって人々の尊厳を傷つけること
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ここまで見てきたようにポリティカル・コレクトネスは、一見すると良いことのように感じますよね。
もちろん、差別や偏見を助長するような言葉遣いは是正されていくべきですが、近年ではポリティカル・コレクトネスが行き過ぎることによって、下記のようなさまざまな問題が生じるようになってきました。
- 言葉狩り
- 社会的な息苦しさ
- ポリコレ棒の登場
- ポリコレ疲れとその反動
それでは1つずつ解説していきます。
言葉狩り
上記でも紹介しましたが、ポリティカル・コレクトネスによって職業を始め、女性の社会進出に合わせて「ビジネスマン」を「ビジネスパーソン」に変えていくなど、さまざまな言葉が変わりつつあります。
これ自体は良いことですがこのような言葉の変更が過剰になると、「言葉狩り」に発展してしまう問題があるのです。
言葉狩りの例
例えば、アメリカでは「リンチ」という言葉は、白人によるアフリカ系の人々に対する迫害の歴史を想起させる言葉として使用することがはばかられています。
また、キリスト教徒はアメリカ国民の多数派を占めていますが、宗教の肯定につながるため学校や職場で「メリー・クリスマス」と言ってはならず、「シーズンズ・グリーティング」を使うことが推奨されています。
また、「天にましますわれらの父よ」というお祈りは神を父、つまり「神は男性である」というイメージを定着させてしまい、性による社会的・文化的差別をなくすべきという考え方(ジェンダー・フリー)に反するため、良くないとされているのです。
社会的な息苦しさ
行き過ぎたポリティカル・コレクトネスが社会的な息苦しさにつながっているという問題があります。
メディアや政治家が、上記のようなポリティカル・コレクトネスを配慮しない発言をしてしまうことで、炎上することを恐れてメディアや政治家にとっては圧力となりかねません。
何気ない発言によって第三者が「それは差別だ!」と批判してくる恐れがあり、どのような発言をしていいのかがわからなくなってしまうのです。
ポリコレ棒の登場
行き過ぎたポリティカル・コレクトネスは「ポリコレ棒」という言葉を生み出しました。
例えば、あなたがSNSで何気なく「カメラマンってカッコいいよね」や「あなたは彼氏(彼女)いるの?」といった発言をしたとします。
このとき、カメラマンや彼氏といった言葉に過剰に反応して「差別主義者だ」と叩いてくる人が、ポリティカル・コレクトネスの普及によって増えているのです。
こうした背景があるため、インターネット上では「ポリティカル・コレクトネスに少しでも触れたり反論すると叩かれるから、ポリコレは人を叩くための棒だよね」とわれるようになり、「ポリコレ棒」という言葉がスラングとして用いられるようになったのです。
あくまでもポリティカル・コレクトネスは社会的な弱者や少数派、マイノリティを救うための考え方であり、人を叩くための道具ではありません。
ポリコレ疲れとその反動
日本にいるとあまり実感がわかないかもしれませんが、アメリカ社会では過去何十年もかけてポリティカル・コレクトネスが広く浸透しています。
その結果、白人の男性がオバマ大統領のことを批判すると、それが政策への正当な批判であったとしてもポリティカル・コレクトネスを武器に、「お前はオバマが黒人だから批判するんだろう」と言われるような社会になってしまい、アメリカ社会を蝕んでいったのです。
こうしたポリコレ棒を武器に正義を振りかざす人が何人も登場し始めたため、アメリカでは「ポリティカル・コレクトネス疲れ」なる現象が起きていました。
その結果、当時、ポリティカル・コレクトネスを完全に無視したタブーな発言を何度も繰り返していたトランプ大統領への支持が高まり、大統領選挙で勝利したのです。
ポリティカル・コレクトネスによる企業への影響
ポリティカル・コレクトネスは政治や社会だけではなく、企業活動も変えつつあります。
ここでは、ポリティカル・コレクトネスが企業経営に与える良い影響と悪い影響について見ていきましょう。
企業経営の良い影響
ポリティカル・コレクトネスと似ている概念として「ダイバーシティ」が挙げられます。
ダイバーシティは「多様性」という意味があり、多様な人種や多様な考え方、多様な働き方を認めた経営方法をダイバーシティ経営と言います。
労働人口の現象や高齢化社会、消費の多様化などにより、ビジネスが困難になった近年ではこのダイバーシティ経営が注目されているのです。
そして、ダイバーシティ経営を推し進めていくには、社内でポリティカル・コレクトネスへの意識を高めていくことが求められます。
なぜなら、人種や宗教などが多様な労働者が働きやすい会社にするためには、無意識の偏見や差別的用語を無くしていく必要があるからです。
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ポリティカル・コレクトネスによる悪い影響として、企業経営者やその従業員のちょっとした発言で炎上してしまい、企業のイメージや信用が毀損されてしまう可能性が高くなったことが挙げられます。
例えば、日用品メーカーの紙おむつのCMでは、一人で赤ちゃんを世話する「ワンオペ育児」の母親の様子を描き、その大変さを伝えました。
そして最後には「その時間が、いつか宝ものになる」という言葉で終わるのですが、このCMの受け取られ方が人によって異なり、物議を醸しました。
また、洗剤や調味料のCMでは家事や育児のシーンは、少し前まではほとんど女性だけでしたが、近年では男性が多く登場していることにお気づきでしょうか? これもまたポリティカル・コレクトネスの影響だとされています。
まとめ
ここまでポリティカル・コレクトネスについて意義や問題、企業への影響を見てきました。
差別や偏見を無くしていくことは重要であり、今後もそうした活動はなされていくべきです。しかし、その活動が行き過ぎることによって、結果的に自分たちの首を絞める可能性について考えていかなければなりません。
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