モチベーションは、ビジネスパーソンが持っておくべき「重要な気持ち」であると考えられています。
そのことを疑う人はいないでしょう。モチベーションが低い人よりモチベーションが高い人のほうがよい仕事をしている、という印象は多くの人が持っているはずです。
しかし「モチベーション」という言葉に軽さを感じないでしょうか。「モチベーションを上げる」というフレーズを、単に「頑張ります」という意味で使っている人すらいます。
そこで「意味がないモチベーション」をあぶり出したうえで、ビジネスの原動力になる「本来のモチベーション」の本質を解明していきます。
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目次
モチベーション公言を否定した後に撤回した著名経営者の見解って?
IT大手にしてプロ野球・横浜ベイスターズを保有するDeNAの創業者で代表取締役会長の南場智子氏は、モチベーションという言葉をかねてから嫌っていました。
ところが、DeNAの新入社員たちは、そのような事情を知らないわけです。それで南場氏が出席した新人研修のときに、ある2年目社員が、入社後の1年間を振り返って「○○という仕事を任されたときはモチベーションが上がりましたが、その後△△があってモチベーションが下がりました」と発言しました。
このプレゼンの後、南場氏はこの2年目社員を「給料をもらっている自覚がないのか」と叱責しました[1]。
南場氏は柔和な雰囲気がありますが、国内の有数のIT企業のトップです。しかもDeNAを立ち上げる前は、外資系の名門コンサルティング会社、マッキンゼー・アンド・カンパニーで活躍していたほどのパワー・ビジネスパーソンです[2]。
そのビジネスの巨人から猛烈なダメ出しをされた2年目社員は泣きました。
なぜ南場氏は、ビジネスの成功の秘訣とさえいわれることがあるモチベーションを、こうも嫌っていたのでしょうか。
そしてなぜ、モチベーションの上がり下がりをプレゼンした新人社員を叱責したのでしょうか。
軽々しくモチベーションを語った新人に激怒した真意とは?
南場氏はあるインタビューで、「モチベーションという言葉を若い人から聞くたびに違和感を覚える」と答えています[1]。
ポイントは「若い人」でしょう。南部氏のこの発言からは、若い人がモチベーションの真の意味を理解せず、軽々しく簡単に何度もモチベーションという言葉を使っていることへのいら立ちが透けてみえます。
南場氏は、モチベーションの存在そのものを否定しているわけではありません。体調が悪かったり、プライベートで問題を抱えていたりして仕事のやる気が起きないとき、モチベーションを上げる工夫をして乗り切ることは「ありうる」と述べています。
さらに、チームリーダーがスタッフたちのモチベーションを高めるマネジメントを実施することは推奨しています。南場氏は「なんだかんだ言って、モチベーションの高いチームのほうが結果を出しやすい」といっています。
つまり南場氏が否定したのは、「モチベーションを上げなければならない」と他人に言ったり、「モチベーションが下がるときがある」と経営者の前で告白したりすることなのです。
それではなぜ、若い人が人前で「モチベーション」を口にしてはいけないのでしょうか。南場氏はその点も明らかにしています。
南場氏は1999年に、ネットオークションをビジネス化しようとしてDeNAを立ち上げました。ところがヤフオクに惨敗します。それで会社は早くも傾くのですが、南場氏はそれから新事業を次々仕掛け、現在のDeNAの基礎を築きあげました。
その南場氏は知人からよく「よく途中で投げ出さなかったね」と言われるそうです。さらに「どうやって気持ちを強く持ち続けたのか」と聞かれるそうです。
南場氏の回答は明確です。
「責任を全うしなければならないという意識以外に何もなかった」
南場氏は、モチベーションの有無を公言する「想い型」ビジネスパーソンより、仕事に責任を持ちそれを完遂させる「責任感型」ビジネスパーソンを重視しているのです。
南場氏のモチベーション観をまとめてみましょう。
- モチベーションそのものは必要である
- モチベーションの有無を公言することは無責任であり、ビジネスパーソン失格
- 給料をもらっている以上、想いで仕事をするな、責任で仕事をせよ
つまりモチベーションは、自らのなかに潜ませておけば効果的に機能しますが、その存在を第三者に明かした途端に「意味がないモチベーション」になるのです。
しかしこれは特別新しい考えではないでしょう。これまでも「私は努力している」と周囲に漏らす人は軽んじられてきました。少なくとも尊敬は集めません。
尊敬されるのは、ひっそりと努力を重ね、その結果成功し、成功の秘訣を聞かれても努力したことを誇示しない人です。
したがって南部氏の考え方には合理性がありそうです。しかし南場氏は自らのこのモチベーション公言否定を撤回します。
その理由をみていきましょう。
モチベーション公言否定を撤回してみえてきたもの
南場氏がモチベーション公言否定を撤回したのは、自らの「プロフェッショナルはこうあるべき」優先主義を否定したかったからです[3]。
責任感を持ち、陰で努力を重ね、成功してもその努力をひけらかさないことこそ、南場氏が考えるプロフェッショナルの在り方でした。そして南場氏は、自分が提示するビジネスに参加したい人に(つまり社員たちに)、南場流プロフェッショナルを求めていました。
その南場氏が、「プロフェッショナルはこうあるべき」優先主義を否定したのは、「助け合ったほうがしなやかで自然」であると気がついたからです。
南場氏は「プライベートと仕事が不可分のときが、人間、一番よい仕事をする」とわかったそうです。
モチベーションを公言することを否定することは、助け合いの精神とは真逆ですし、プライベートと仕事を切り離すことを強く求めています。
したがって、助け合いの精神を尊重し、プライベート重視のビジネスを展開することにした南部氏は、モチベーション公言否定を否定しなければならなくなったのです。
ただそれでも南場氏は、「自分ではやっぱり(モチベーションという言葉は)口にはしない」と言っていますが[3]。
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価値あるモチベーションとは「熱意」である
南場氏が指摘するとおり、モチベーションという言葉はいまでは軽くなりました。では、本来のモチベーションや、価値あるモチベーションとはなんなのでしょうか。
そのひとつの答えは「熱意」です。
熱意とは、単なる意志や意欲や意義や意図ではなく、高い熱量を持った意志や意欲や意義や意図のことです。
日本から「熱意」がなくなったから経済が凋落したのではないのか
日本経済は、依然として世界3位の好位置につけています。また2012年12月を起点とする景気回復は、2017年9月に高度経済成長期の「いざなぎ景気」を超え、2019年1月には戦後最長に達した模様です[4][5]。
――と、このように並べると日本経済は順調そうにみえますが、実態はむしろ黒い影がさらに濃くなっている印象を受けます。
例えば世界3位は、中国に追い抜かれて2位から転落した順位です。かつての中国は、日本の支援を必要とする発展途上国でした。ところが現代の中国は、日本のモノやサービスを買ってくれる「お客様」です。さらに、疲弊した地方経済の立て直し策に中国マネーを当てにする動きすらあります[6]。
日本のお家芸である家電でも、シャープだけでなく、最近は国策企業のジャパンディスプレイすら台湾と中国の支援を受けて立て直すことになりました[7]。
今の日本は、中国の支援を必要とする国であり、有力なアジアの国お陰で3位を維持できているのです。
このような見解を紹介すると、「それでも日本人は自然科学系のノーベル賞を数多く獲得しているではないか」と反論したくなる人もいるでしょう。しかし日本人の自然科学系ノーベル賞受賞者の多くは高齢者です。名誉教授という肩書を持つ人もいます。つまり日本人ノーベル賞受賞者の多くは、昔の業績が評価されているのです。しかもそのほとんどは、日本を出て海外で研究をしたときの業績です[8]。
そして、バブル崩壊から続いた「失われた20年」も無視できません。日本経済は1990年代から20年間ももがき続けたのです。
年齢を重ねると、体力を消耗した後の回復力が落ちます。それと同じように、日本経済は単に弱くなったのではなく、回復力も衰えているのです。
日本経済の凋落は明らかです。アメリカと中国以外の国がそれほど伸びていないため、日本経済の基礎体力の落ち込みが目立たないだけなのです。
日本経済の弱さの一員は、熱意のなさにあるかもしれません。
世論調査を行っているアメリカのギャラップ社が2017年に公表した「従業員の仕事への熱意度」調査によると、日本には「熱意あふれる従業員」が6%しかいないことがわかりました[9]。アメリカの32%と比べるとかなり見劣りします。
一方、日本の「周囲に不満をまき散らしている無気力な従業員」の割合は24%、「やる気のない従業員」は70%に達します。
これでは国力が上がるはずがありません。
熱意がない人が多い日本の状態と、凋落が明白な日本経済の状態が同時期に現れているのは偶然でしょうか。
仮に偶然であったとしても、つまり、日本人の熱意の少なさと日本経済の凋落の間に因果関係がみつからなかったとしても、日本人が熱意を増やせば、日本経済が再び力強さを取り戻すきっかけにはなるのではないでしょうか。
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モチベーションは「上げる」のではなく「上がる」ようにしよう
それでは、「本来のモチベーションとは熱意である」として考察を続けてみます。以降で用いる「モチベーション」とは本来のモチベーションのことであり、南部氏が嫌悪した軽い意味でのモチベーションではありません。
グロービス経営大学院学長の堀義人氏は、モチベーションとは意図的に苦労して上げるものではなく、自然と上がってくるものでなければならない、との見解を紹介しています[10]。その根拠は、自らが自らを鼓舞することには無理があるからです。つまり、モチベーションは自ら上げようと思ってあがるものではない、ということでもあります。
堀氏は風船理論を紹介しています。ビジネスパーソンは皆、風船のように向上したい気持ちを持っているのに、重しがあるために上昇できていない、という考え方です。
したがって、モチベーションという上昇したい気持ちをわざわざ醸成する必要はなく、モチベーションが高まらない悪因を除去しなければならないのです。
そこで堀氏は、次の2つをビジネスパーソンに提案しています。
・納得できないことはやらないでよい
・やりたくないことはやらないでよい
堀氏は、モチベーションを上げられない悪因とは、納得できない仕事とやりたくない仕事であるとみています。
一見すると「わがまま」を推奨しているようにみえますが、もちろんそれが真意ではありません。
納得できないことややりたくないことをやって(または、やらされて)失敗すると、失敗を正当化してしまいます。行為者は「だから自分はやりたくなかったんだ」と言うでしょう。
また、納得できない仕事ややりたくない仕事には力が入らないのでミスを誘発しやすくなり、さらに周囲の人の士気を下げてしまいます。
では、重しを取り除いて風船を上げるにはどのようにしたらよいでしょうか。堀氏はその答えも用意しています
- 楽しいことをする
- 会いたい人に会う
- 好奇心を満たす場所に行く
この3つは明日すぐに職場で実行することは難しいかもしれません。しかし、自分のいくつかの業務のうち、自分の裁量が認められている仕事についてこの3つを少しずつ実行していくことはできるでしょう。
そのようにして少しずつ実績を上げていけば、裁量の範囲もそれに比例して拡大するはずです。そして、楽しい仕事しかしなくてよい状況、会いたい人としか会わなくてよい状況、好奇心を満たす場所にしか行かなくてよい状況をつくることができるようになるでしょう。
その状況に居る人は「モチベーション上がりっぱなし」の状態になっているはずです。
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まとめ モチベーションは自分自身の問題
南部氏はモチベーション公言否定論を撤回してしまいましたが、少しもったいないような気がします。助け合いの精神をビジネスで重視しつつも、軽々しくモチベーションを語ることを禁止することは可能だからです。
確かに、若い人を中心に「モチベーションが上がらなくて悩んでいる」ということを、気軽に吐露しすぎているきらいがあります。モチベーションを上げるかどうかは、やはり自分自身の問題としてとらえるべきではないでしょうか。
そうとはいえ、モチベーションが高いときは仕事を気持ちよく遂行でき、モチベーションが低いときは仕事が苦痛になります。したがってモチベーション管理は、社会人スキルとして必要になるでしょう。
社会人としての美学や見識を持って、モチベーションと向き合ってみてはいかがでしょうか。
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参照
[1]「給料をもらって仕事をしている自覚がないのか」:南場連載(DeNA)
https://dena.com/jp/article/002694
[2]役員紹介、南場智子(DeNA)
https://dena.com/jp/company/officer.html
[3]南場さん、「プロフェッショナリズムの塊」じゃなくなったって本当ですか?【進化版・南場智子氏に迫る(上)】
https://gaishishukatsu.com/archives/126593
[4]景気回復「いざなぎ」超え、正式認定 戦後2番目の長さ(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO38869150T11C18A2MM0000/
[5]景気回復「戦後最長の可能性」 1月の月例経済報告(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXMZO40597660Z20C19A1MM0000/
[6]第4章地方経済活性化に向けた中国の活用(JETRO)
https://www.jetro.go.jp/ext_images/jfile/report/07000555/china_japan_business_5.pdf
[7]国策企業JDIが中台企業の支援受け入れへ 1千億円超(朝日新聞)
https://www.asahi.com/articles/ASM414SDCM41ULFA029.html
[8]もう「天才」は育たない…ノーベル賞候補者がこの国を出て行く理由(講談社)
https://gendai.ismedia.jp/articles/-/21985?page=2
[9]「熱意ある社員」6%のみ 日本132位、米ギャラップ調査(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXLZO16873820W7A520C1TJ1000/
[10]モチベーションは「自然と上がる」状態が重要(日本経済新聞)
https://www.nikkei.com/article/DGXKZO16572470Y7A510C1X12000/